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「わかりました。今回は俺たちが悪かったです」 ぺこり、と毒丸は頭を下げたのは、彼らの雨嵐のような嫌味が十分以上続いた頃だった。 「てなわけで。 ……俺的に今から大佐を救いましょう」 にやり、と不敵に微笑む。 誰かがその意味を理解するよりも早く、毒丸は起き上がった。 椅子の背を飛び乗って、連結部分の扉の元に軽業師のように行ってしまう。 動きの遅れた軍人たちに間に合うはずも無かった。 仕切られていた扉を、がっと開く。 「大佐ぁっ。 中将に護衛の手ほどきをしてもらいたいんですけど、なんとかお願いできませんかぁー?」 ばたんっと、蘭が奥で頭をあげる。帽子はつけてないのか、髪が乱れていた。 くるりと振り返って見ると、臍を噛む中将の部下たちの顔。にんまりと毒丸は微笑んだ。 再び顔を車内の方へ向くと、毒丸の予想に反して、蘭ではなく日明中将が来ていた。トレードマークの温和な笑顔で、握りこぶし一つ小さい毒丸を見る。 「あ。中将。 申し訳ないですが、大佐にお話したいことがあって……」 「毒丸君。怪我が酷くなくて何よりだ。 で。邪魔するつもりなら怪我酷くするよ? 遠征長かったから切羽詰っているし。最後の最後の瀬戸際だからもういい加減に理性持たないし。我慢は体によくないからね」 ……はぁ? あまりの台詞に毒丸の意識が一瞬止まった。 青年は考え込む。 こんなにストレートに自分の欲求を言う男だったろうか? 否。むしろ嫌味なほど御高くとまった、紳士ぶったイメージしかない。 それに笑顔で口早に告げられても、内容に全く説得力のない。ちらり、と毒丸は失礼にも下半身を見たが、別段大変そうな様子はないのだ。男の顔と同様、平然としているようにみえる。 だが色々考えてみても、どうも言葉の内容は本気らしい。 彼は、敢えて怪我をしている腹部を、刀の柄で押している。触れるだけでも冷や汗が出るほど痛いのに―――。 てめぇ。喧嘩売りやがって。 その行為が毒丸を非常に焚きつけた。 「何をおっしゃっているのかよく分かりません☆ てゆーか、任務中に、軍服な上、隣に部下全員置きっぱなしの汽車の中で何をするつもりですか?」 「いつもと違う状況って素敵な刺激要因と思うでしょう? 布団の上で暗くしないといけません、なんて道徳的なことを君が推奨しているようには見えないね」 さらりと返しながらぐっと柄を押す手に力をかける。 青年の額に冷や汗が玉の様に滲んだが、容赦はしない。 「刺激だぁ? 何血迷った発言してんすか」 「日本で初めて汽車内でやった男女になるかもしれないね。 ああ、わかっている。先見の明があるからって褒めなくていいよ。急いでいるから」 「褒めるかよっ。 つっこみどころ満載だね、あんたの脳内って。こんな人間だとは思ってなかったぜ。……そんなに無理矢理やってたら、大佐に振られるの時間の問題なんじゃないの?」 「……結婚している夫婦に間違いがあったとして、何か問題があるかな?」 彼ほど猥談の似合わない者もいない。 口から出る発言一つ一つが、意識して聞かなければまるでただの命令のように聞こえてしまう。 だが言っている内容は最低だ。 毒丸は別段、蘭に尊敬以上の感情をもったことはないが、こうありありと別の男に取られるのは何故か癪に障る。 しかも、そーゆーのって大佐が一番嫌いな公私混同じゃん。 気迫で押してくる日明を、好戦的に打ち返す。 ぐりぐりと柄で傷を撫で回すのにむかついて、柄の頭を右手でガードする。 と、日明は右拳で腹を殴った。 どすっと音がしたとき、息が止まった。 ……このヤロォ〜 それでも、やせ我慢で涙を浮かべて立ち続ける。 そこに、蘭がやってきた。 「どうした? 毒丸。 よく聞こえなかったのだが、もしかして私に用があったのか?」 「毒丸君は私に護衛任務について伺いたいとさ。 向上心があって、流石零武隊の方だね」 颯爽と嘘を垂れ流した。 ひどくつっこんでやりたかったが、痛みで今は何もいえない。 ほう、と蘭は嬉しげに目を細めた。 「差支えがなければ、是非中将にご教授頂きたいな」 「いいですよ。時間もありますから」 「後学のためにいい経験だ。 皆も聞いておけ」 「ええっ! まだ護衛あるのかよーっ」 激が皆の心情を代弁して悲鳴を上げる。 「……現朗が刀を抜いた。それを進言するそうだ」 蘭は車両に入ってすぐの左の席に座り、毒丸を横に置いた。彼の顔色が悪かったからだ。そして、毒丸と現朗に視線を送って、共犯者に引きこんだ。 彼らと中将らは、鈴木が何も言わないことはわかっている。お役御免だと知っている。だが、一回くらい全員悲壮に落ち込ませたほうがいいと考えた。蘭は怒っていたのだ。 隣をあっさりと取られて軽いショックを受けた日明は、しぶしぶと通路を挟んで向かいの席に座る。そこに零武隊や中将の部隊の面々が集まった。 零武隊は真剣だ。 次こそ、護衛任務を成功させたい。もうこれ以上一秒だってやりたくない。我慢できない。 「さて、じゃあまずどこから入ろうかな。 ……うん。護衛対象に取り入れられる方法からするか。ここが肝心だからね。 ただ別にさほど大したことをするわけではないよ。顔は笑顔、口調は丁寧、態度は強引。この三つをいかにバランスよく出来るかが関わっている。勿論自分の顔のタイプとあわせて、あえて砕けた馴れ馴れしいようにするのも一つの手だね。年下的に甘えたほうがいいこともあるけれど、やはり高圧的に出たほうが好かれる可能性が大きい。 一番やってはならないのは、友人に成り下がってしまうことだ。友達以上恋人未満、というのが最低だ。それならいっそ嫌われ役になったほうがいい。 さ。以上のことを踏まえて実地してみよう。君、立って」 帝都にたどり着くまでの十時間、延々零武隊は護衛任務の難しさについて学ぶことになった。 あまりの難易度の高さに、炎は、護衛対象を自ら撃ち殺して『うちは護衛は出来ません☆ 苦手です』と元帥府に言った方が早そうだなと真剣に検討したくらいだし、さらに気の弱い者は自殺も視野に入れて検討したようだ。 そして、時同じくして、彼らがその十時間分の技量を生かす任務はもう一切来なくなることが、元帥府で決められていたのだった。 |
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