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隣の車両では、零武隊と中将の部隊が冷戦状態で無言でにらみ合っていた。 隙あらば隣の車両から蘭を連れ出そうと考えている零武隊と、二人の邪魔をさせないように気を尖らしてバリケードを組む中将の部隊。 意見は真っ二つに割れて冷戦の溝が深まる気配は無い。 そして、今のところ。零武隊の方が圧倒的に不利な状況だった。 『オメエらのせいでっ。 こちとら日々大変だったんだからなぁぁ―――っ!』 しくしくと泣いたり、大仰に声をあげて泣いたり。男泣きで詰め寄られると、流石の歴史の始末屋といえども思わず引いてしまう。 メンチ切られたり喧嘩を売られたりするのならば怖いものでは無いが、感情的に一本切れている彼らにはなんとなく逆らいがたいものを覚えた。それに彼らは零武隊の『秘密』をしってしまっている。安易に暴力で脅すわけにはいかない。 はあ、まあまあ落ち着いて……と日本人的似非笑顔で宥めながら扉に向かおうとすると、余計に荒れた。 「畜生、わかってないっ。本当にわかってないよこいつらっ」 「俺……生きてるよ。母ちゃん」 口々に愚痴を捲くし立てる彼らに、零武隊は顔を見合わせた。たかだか護衛任務が長引いたくらいで泣くほど愚痴を言う必要があるだろうか。 それにむしろ任務が辛くて泣きたいのはこっちだ。 「うるさい。傷に響く」 と、現朗は、一度廊下で壮絶なバトルを繰り広げた男に向かって不機嫌そうにいった。現朗と毒丸は、一組の席で横たわって寝ている。その男はたまたま近くの通路に立っていたので、顔を少し上げるだけで目があった。 「……君が音頭とってやるとは思わなかったけど。 デスクワーク派じゃないのか」 「いやいや。現朗ちゃんは零武隊のキレ役専門だよねぇ〜」 「鉄男を含め殆どのってきたのに、俺だけに責任を押し付ける気か?」 毒丸の茶々入れに、眉間に皺を寄せながら言葉を返す。 「だいたい、貴様らうちの護衛中に何があったかも知りもしないで。 こちらは大佐をお呼びしたいのだ。道を空けてくれてかまわないだろう」 現朗は横たわりながら不機嫌そうに言うと、相手は乾いた笑いをあげた。 知りもしない? 誰が? あのさー、と顎髭を撫でながら、まるで世間話をするかのように彼は話を振ってきた。 「あの録音機器っていうの、現朗殿はなんだと思った?」 「偽物だろう。どうせ。 大佐が首に鈴をつけられて気づかないお人好しなわけあるか。いくらおたくの中将殿が人並み外れていたってそんなことが出来るわけがない」 「……ははは。 まあ髪の紐は偽物だけど。 零武隊の方々に、一つお話しておきたいことがある。うちの部隊の最高機密だ。元帥府と、日明大佐には絶対に言わないで欲しい」 男が少し真面目に言うので、現朗は眉をしかめた。零武隊、という発言に、他の隊員たちも黙って静かになる。 「確かにさっきの録音機器ってのも任務状況調査ってのも嘘だ。 だが、あれには真実が紛れていてね。 実は、中将はずっと前から日明大佐の周りの音を聞いている。彼女の会話などを遠くから聞くことが出来る。集音器ってのは本当なのさ」 中将は遠征中、ずっとその音を流し続ける。中将の部下は全員、その様子を聞きつつ自分の上官を心配しつつ、はらはらと任務をこなさなければならない。今回は歴代ワーストスリーに確実に入るほど際どく恐ろしい状況だった。中将の周囲だけ空気の温度が確実に十度低かった。心臓を悪くして倒れる隊員も続出した。気分としては黒ひげ危機一髪だ。 『はあ?』 信じられません、といった心情をありありと出して零武隊は疑問符を浮かべる。 現朗は軽蔑をこめて答えもしない。 「刀に集音機を仕込み、その音を電波にして飛ばす。 君らのところの丸木戸教授が趣味で作ったものを、中将がご自分で改造されたそうだ。 仕組みは良く分からないんだけれど」 ごそごそと彼はポケットから黒い機器をとりだした。先ほど日明が持っていた機械だ。別のボタンを押すと、音が聞こえてきた。音量はそこそこあるので、車内が静かになれば誰にも聞こえた。 間違いなく、蘭と日明の声だ。 『日明っ……ふざけるのはここまでにしろっ……放せっ……』 『イヤだ』 『鈴木女史といるべきだろう。護衛はそんなに楽なものではないはずだっ』 『……どこまで俺の地雷を踏みつける気だい?』 『っぐ。んっ!…… ……ああっ。そ、そうだ。ええと、お前、彼女と楽しそうにしていたではないか。だから、その、他の女の香りを私につけるな。腹が立つ。向こうへ行け。護衛に行け』 『……その言葉が本心からの嫉妬なら嬉しくて小躍りするんだけれどね。 嘘をつくときはもっと考えて言う様に、っていつも言っているだろう? バレる嘘は言うものじゃないよ。 さて、そろそろ俺も限界だな』 『何の限界だっ!? おいっ、ちょっと中っ』 ぶちっと、電源を切る。 恐ろしいほど車内が静かになっていた。 「まだ二品目は作れないから、中将が聞いているのは大佐の刀の周辺の音だけだ。決して他の方がたの声は聞いていない。聞く必要もない。それは中将の名誉のために誓って言っておく」 「……どこまで天才なんだよ。あんたの上官」 毒丸が呆然と地声で呟いた。 下手したら、いや、間違いなく、丸木戸教授よりも発明の技術は上だ。 「こうやってこの五日間ずーっと大佐のお声を聞いていたのだ。 これでわかるだろうっ? どうして中将があんなに怒っているのか。 あの女性たちの言葉も、零武隊の言動も全て知っている」 「お前らよりも色々大変だったんだっ! 中将を落ち着けるのに」 「風呂の時間になる度に中将がそっち目掛けて大砲を撃とうとしたんだぞっ」 「だいたい……」 と、中将の右腕が、くわっと目を開いて現朗を見た。 『おまえらもっと上官の助けをしろぉ―――っ!』 流石の迫力に金髪もびびって頭をかくかく振る。 「喧嘩売りすぎだし、せめてもうちょっと他にやりようがあるだろうが。全然サポートになってないどころかむしろ邪魔っ! 丁寧に挨拶して、話黙って聞いていればもう少し落とせるだろーがっ」 「だって! あんた大佐に何したのか……」 毒丸がいおうとする台詞を、中将の部隊全員が奪う。 『わかってる!』 ……まあ、確かに音を聞いていたのだ。 零武隊よりは知っているだろう。 「だから誰かやつらの味方になって、二重スパイくらいしろよー」 彼の言葉を皮切りに中将の部隊は次々に愚痴を叩きつけ、零武隊の護衛任務の駄目っぷりを非難した。どれも成る程的を得た意見で、反論が出来ない。そんな器用な真似できるか、とどこからともなく非難の声が聞こえた。 「音で聞いていたレベルに過ぎないけれども、日明大佐、鈴木女史と同じくらい、お前たちを止めるのに苦労しているようだったぞ」 その最後の一言は、ぶすりと白服の軍人たちに突き刺さった。 |
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