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「逃げることが貴様の手かっ!?」 「なに言ってんの。 刀の届かないところは殺せねじゃん。 頭悪ぅー」 「―――……覚えてろよっ」 大佐にこってりと絞られた二人は、仲良く並んで廊下を歩いていた。だが話している会話は、決して親しいものではなかった。一人は刀を抜きたい衝動をこらえて、一人は抜けないのことをいいことに言いたい放題だ。 現朗は決心した。 殺るしかない、と。 ***** その件があってからというもの、現朗の襲撃は熾烈を極めた。 今までは他の隊員には隠していたが、それもすっぱり止めて逆毛頭を見れば見境なく刀を抜くようになった。一度零武隊の軍法会議中にも抜こうとして、日明大佐に悲鳴があげられなくなるまで殴られたこともあった。 曰く。会議嫌いの私が会議をわざわざ開いている前で楽しそうなことをするな。 それが他の隊に聞かれれば何か凄く根本的な点を正されそうだが、それを止めるような野暮な人間は零武隊にはいない。零武隊向きの事件が現朗の隊にふり分けられれば、必ず激がサポートにつけられたし、激も嫌がらなかった。 『仕事』が終わると同時に血塗られた状態の現朗が襲いかかってくるのを、激はひょいひょいと小馬鹿にしたように躱す。ある時は屋根の上から、ある時は畳の下から。隊の部下がやってくるまでの間二人の命懸けの追い駆けっこは続いた。 ***** 仕事よりも飯。 その座右の銘を忠実に遵守したため、激は白服組で唯一食堂にいた。部下たちはおいおいと呆れ顔だ。今現在、白服は突然おきた鎌倉の祠の事件の調査で日明大佐に招集がかけられており、隊員たちも今夜から動くことになっている。 だが、激は。 「いっただきまぁーす」 夕飯のためだけに独身寮に戻ってきた。 ほかほかと湯気の立ち上る麦飯に、秋刀魚の蒲焼。甘い良い香りが食欲を刺激する。 「激さん、いいんですか?」 「これ食ったら出かけるからいいんだよ。 それに俺の分は現朗が聞いといてくれるしー」 「……それこそいいんですか」 「補佐じゃねえよ補佐じゃ」 ぼそぼと聞こえる非難に、なにおうととりあえず言い返しておく。それよりも蒲焼のほうが彼の興味の中心にあったが。 蒲焼も麦飯も好きだが、味噌汁がやはり何より好きだ。 ここの味噌の調合は激の好みにぴったりで、食堂のおばちゃんと結婚しようかと何度も考えたくらいだ。おかわりを頼むと二杯までは許してくれるのが青年の心をくすぐった。 「ぷはー。 旨い、うん、本当に旨いよぅ。やっぱり大根の味噌汁は最高だ!」 「ワカメでも同じこと言ってましたよね」 「つーか、毎回同じこといってるから気にすんな……っう」 言いかけた男の声が止まった。 天井から、降ってきたのだ。 何が? …………上官が。 「死ねぇぇぇぇっ!」 「うわっちょぉおっ。な、何しやがんだっ」 「殺戮だっ。決まっているだろうがっ!」 「てめ、俺の幸せタイムに乱入たぁいい度胸だっ」 「日明大佐の召集をさわやかに無視するお前に言われたくないわぁっ!」 のっけから青筋立つ現朗はテンション高く叫ぶ。現朗がこんなに言葉数が多いのは初めてだ、と思わず何人かは関係のないところで驚いた。 マジ切れの上司に自分の飯を持ったままそくささと逃げる。巻き添えを食ってはたまらない。頭のいい数人は激の分の飯ももって逃げた。 案の定、二三度現朗の攻撃をかわしてから激は開いている窓から逃げ出す。 いったん夜闇にまぎれると、青年の動きは格段に良くなる。現朗も深追いをしては負けるのは悟っているので、それ以上は追いかけようとしなかった。苛立ちに任せて足を振り上げて、椅子を思い切り蹴った。それは見事に粉砕した。 荒々しく食堂の台へ向かう。 「一人前、特上だっ。飯は大盛りで頼むっ」 そして大声で一言。 ―――思わず、周囲は目が点になった。 あれ? 食べるんですか? ていうか、召集は? 現朗は視線に囲まれながら長机の隅を陣取って、がつがつと礼儀正しく大雑把に食事を始めたのである。 |
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