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「ご苦労。相変わらず、血生臭い任務はお気に入りのようだな」 部下に後始末を命令して現朗は一足先に零武隊へ戻ってきていた。 それが、いつもの彼の部隊での行動パターンだった。敵を殲滅させるのが現朗の役割で、死体を始末し、館内部にある軍部に関する資料押収後、火を放つという段取りは、部下の任務。本来零武隊は団体行動は絶対だが、彼はそれを無理やり捻じ曲げていた。 体についた血の匂いがきつくて仕事にならない―――というのが、表向きの理由だ。 真意は、興奮が収まるまでは一人で居たいという、単純で独善的なものだった。動く物すべてを斬り伏せたい衝動が全身を巣食っている。それを刺激されると、味方とか部下とかそういう箍が簡単に外れてしまう。幾度か欲望のままに部下に怪我を負わせたことがあった。特に死者が出て以来は、サポート役なしというとんでもない行動ですら黙認されてしまっていた。 水を浴び、上半身は脱いだままの姿で官舎を歩いた。 自分の部署の部屋には、当然誰もいない。殺気が静まるまではそこにいるのが一番良い。そう考えながら戸を押した。 ―――が。 人の居ないはずの部屋には、自慢の長い髪をさらりと流した一人の女性が壁に寄り掛かりながら待っていたのである。 無意識のうちに、現朗は刀の柄に手をかけて抜刀した。床を蹴り、一跳躍で相手の首を狙う。が、彼女は鞘を持ち上げるだけでその一撃をあっさりと防いでしまう。 「……ふん。 単調な攻撃だ」 部下が手を上げたことなど、零武隊ではいちいち咎める理由にもならない。零武隊の猛者を率いる隊長は一笑に伏せただけだった。 「どうしてこちらへ?」 「どうしてもこうしても。 部下の仕事態度を見物に来ただけだ。 ……相変わらず、お前の太刀筋は見事なまでに濁っているな」 「貴女のように豪快に振っていれば、何か変わるのですか」 「変わるかもしれんぞ」 上官の言葉に面白くなさそうに眉をしかめながら、現朗は刀を鞘に戻した。 一見、現朗は一刀しか持っていないが、懐に小刀が用意されている。彼がとどめを刺すのは多くはその小さな刃の方だ。斬れ味が落ちない程度に薄く毒が塗られており、太陽に照らせば青白く光る。それがこの男は殊の外気に入っていた。 「……嫌味を言いにわざわざ来たわけではないさ。 一週間後新しい奴が入る。お前の補佐についてもらう。資料は机に置いておいたから、読んで部下に伝えておけ」 「一から教える必要は?」 部下の質問に、ふむと蘭は顎に手を置いて新人の情報を思い出す。 軍には長く居る男だ。零武隊の存在も、僅かには知っているようだった。仕事内容もおおよそ予想がついているだろうが、人知を超えた仕事に手を染めるというのが、あの男にすんなりと出来るだろうか。 「わからん。 お前が見極めろ」 「―――また使えない新人が来ても、俺は見殺しにするだけですよ」 「真の部隊よりはお前の方が簡単な任務だから、そう簡単に死ぬわけない。 それに―――」 「血に飢えたお前が、見殺しだと? 殺したの間違いだろう。笑わせるな」 蘭は現朗を見ながら、残忍な笑みを口元に浮かべた。 にたり、と。 赤すぎる唇に僅かに見える白い歯。 緊張で冷や汗が流れ落ちるのを自覚しながら、現朗もつられて笑みを浮かべる。人を斬っているときとは違う、作り物のそれ。早鐘のように心臓が脈打つ。 「二度目をやったら、お前を捨てるぞ」 そう告げると彼女は規則正しく闊歩しながら部屋を後にした。 現朗は先程蘭が居た位置を陣取って、目を瞑り、腕を組みながら壁に寄り掛かった。そこに彼女の残り香があるかもしれないという僅かな期待を抱いていたが、無駄だった。 全身を支配していた狂気は何時の間にか霧散していて、夏の青空と同じ様にどこまでも透明になっている気がした。 殺しても、殺しても何か物足りない。だから、一旦スイッチが入ると、満足するまで刀を鞘に収める気が起きない。いわゆる殺人中毒というやつか。維新直後に何人かの殺人鬼が生み出されたと聞く。それは現朗の先輩に当たる零武隊の者たちが闇から闇へと葬り去った話だ。 自分も同じだ。 ならば、何が効くだろうか。 「日明大佐、か」 全てを見透かすような澄んだ瞳を持つ、豪胆で、揺るぎない信念を抱く軍人。鬼子母神などと影では囁かれている。彼女のことは昔から知っているし、彼女も自分の事は昔から知っている。刀の振り方から作戦の立て方、食事の食べ方から女の選び方、何から何まで教わった。 そうだ、神殺しなど面白いかもしれない。 現朗は目を開き、自分の机に行ってその一番上にある資料を持ち上げた。 激、という偽名の下に軍歴が一通り書いてある。腕には自信があるようだが、残念ながら将校としての成績はあまり芳しくない。ぎりぎり合格したという輩だ。 ざっと目を通しながら、なんとなく思っていた。 ―――こいつを殺せば、彼女は本気で自分を殺しに来てくれるのだ、と。 何時の間にか、彼は一人真剣になってその思い付きを検討し始めていた。 |
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