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予定通りに日明中将は帝都に戻ってきた。 蘭は零武隊を早退して、中将を近衛師団の裏門で待っていた。私事の理由で休みを取るのは初めてだったが、現朗は気前良く受理してくれた。落ち着かない状態では仕事になりませんよ、とやさしい一言を添えてくれたので恥ずかしながら甘えに縋った。今も一応後ろから激と一緒に護衛をしてくれている。 ……悪かったな。 と、彼女は思ったが、もう精神のほうが限界を訴えていた。 すべての引継ぎを終えた夫が一直線にやって来くるのが見える。と、同時に後ろの二人の気配が消える。 彼女はいつものとおり敬礼をすると、日明も右手をちょんと額を叩くような簡易な敬礼を返してくれた。 陽だまりの様な笑顔を見て、まずは安心する。 安心すると同時に、今まで彼女の中で膨らみきっていた不安の塊が、ぱちんとはじけた。 蘭の、生真面目そのものといった顔が、急に、崩れた。 必死に泣くまいと堪えてみたが、それはもう無理な話だ。 涙が意思とは無関係に溢れてくるので、腕で顔を隠すと歯止めが効かなくなった。何も言えずに佇んでいると、大きな両腕で包まれる。夢中ですがり付いて、顔をうずめた。 蘭の握り締める痛いほどの力を感じながら、あまりの珍しさに、日明ですら驚いた。 八俣から電話で聞いていたが、ここまでだとは。 「…………連れてかれる……から……もう、会えないと思った……お前だけは、どうしても、一目見ておきたかった…………日明ぃ………」 連れてかれる? 繰り返される小言に、彼の頭の中で自体の全てが飲み込める。 ……成る程、そういうことか。あれが家に出たのか。 「馬鹿だね。おめおめと蘭さんを盗られるものか。 あんなやつら昔みたいに俺が祓ってやるよ。安心して」 祓ってやる、という一言を聞いて、うわぁぁんと一際大きい声をあげる。 これでようやく安心できる。 ようやく、連れてかれない。 日明に全てを任せれば大丈夫だ。 「……もう……駄目かと思った。連れてかれると思ったぁ。 ………なんで、おまえが、居ないんだ……」 「御免ね。怖い思いをさせてしまったね。 ほら、もう泣かないで。 さあ、帰ろう」 ぐずぐずっと洟を鳴らす。 言いたいことは沢山あった。なのに思いが邪魔をして言葉にならない。 「……馬鹿ぁ……日明の馬鹿ぁぁ……」 しまいにはそんな言葉になってしまったが――― 日明は両腕に収まる温もりに世界一の幸せを感じていた。 |
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