鬼子母神編 教授編 狸編 隊員編・1 隊員編・2

      同性愛編 隊員編弐 解決・1 解決・2
 ・・・  懊悩と解決  ・・・ 


 天馬と八俣が今朝軍の独身寮に訪ねてきた。丁度食事時で、零武隊の面々が揃っていたところに二人が来ると、突然、天馬が言った。
「母を、困らせている、一件は……全て自分が仕組んだ悪戯でした。
 本当に申し訳ございません」
と。
 天馬(と警視総監)が訪れてくるだけでも驚いているのに、その言葉の内容に完全に度肝を抜かれた。
「母に、これから、謝るつもりですが……その前に非常にご迷惑をおかけしたので謝りにきました。
 本当に、本当に申し訳ございませんっ」
「な、なに? どういうこと、けーしそーかん」
「どういうこともこういうこと。
 ……なんか皆騙されちゃったみたいだから、謝りたいって。まあ、まだ騙そうとしているけど……」
ぐっ、と天馬が喉でうめく。
「……それはいいわ。
 あまり大人を侮らないのよ。天馬ちゃん。
 あんたたちの上官は? 仕事場にいないみたいだけど」
「大佐は……今日は近円寺邸から出仕する予定です。深夜に菊理姫をお送りしたので」
「そう。じゃあ近円寺邸に行きましょう」
ぽんぽんと天馬の背中を叩くと、涙をこらえて少年はうなずく。
 そこにいた隊員が、すぐに全員立ち上がった。
「おばちゃんっ。悪ぃ、今からすぐ仕事ぉ! ごめん、片付けお願いしまーすぅ」
激が大声を上げると、厨房から不平交じりの返事がもどってくる。だがそれに適当な相槌をうって激は急ぎながら机の上の食器を整えた。
「あら? 私たちをエスコートしてくれるのぉん?」
「大佐の護衛です。
 ……また傷を負ったようですから。
 馬車をお出しします。急ぎましょう」
全員揃って近円寺邸に着くと、丁度蘭とは入れ違いになったときいて炎と爆が馬を使っておった。  まずは姫に挨拶をしようと、天馬が丁度菊理の部屋を訪れたとき、その言葉が聞こえたのだ。

 「いいか、この件は全て僕が仕組んだ悪戯だ。何も話すんじゃない」

親友の顔を浮かべて、心臓が鷲づかみたように痛かった。彼らも酷く悩まされ、そして辛い思いをしたのだろう。 婚約者が泣いているのも、瑠璃男が困ったように青ざめているのも、どれもが悲しかった。何度も心の中で謝罪の言葉を絶叫した。 痛みが少しでも軽くなるように。が、天馬の胸の痛みは一向に衰えなかったが。
 四人は連れ添って応接間に連れて行かれた。近円寺邸にある唯一の洋間だ。
 そこには八俣と、隊員の方々が待っていた。
「……つまり。
 まあ、四人の悪戯だったの。
 でも予想以上に本気で蘭が悩むし、そのせいで怪我を負うもんだから、良心の呵責に耐え切れずとうとう白状したってわけ」
「違いますっ。八俣さんっ。幾度も言っているとおり、私が帝月たちに頼んだのですっ!」
八俣は肩をしかめて手のひらを天井にあげ、困ったように首を振る。そんな嘘、絶対に通用しないのに。
「多分、正月の時点では本気でわかってなかったみたいね。去年まで純朴なボーイだったことは本当よ」

「……薬なんて、いきなり使うからや」

ぼそっと、瑠璃男が忌々しく吐き捨てるようにいった。
「いきなり、てめぇんとこの眼鏡が、変な薬を飲ませて話させようとしたから……したからっ、わいら、怒ったんや」
自白剤ってあんた……。
 大人が全員心でため息をつく。総じて蘭はやりすぎる。
「一から百まで支配しようとするあの女の態度が気に食わんのだ。
 しかも僕の天馬を、変なところに連れていくしっ!
 少しくらい、悪さをして何が悪いっ! 思い知らせただけだっ」
「ほっ本当は、ここまで……大事にしたくはなかったのです。でも、なんか、いつの間にか零武隊の方々まで巻き込んでしまうし……すみません……ごめんなさい」
えぐえぐと泣きじゃくる婚約者を、天馬は抱いてソファに座らせた。少年は腹をくくって、静かにしている。唇は真っ青だが、ぴんと背筋を伸ばしている。
 武士の子だわ。流石。
 と、毒丸は揶揄された怒りよりも、そんなことばかり感じていた。
「何が悪い?」
扉が開かれると同時に、言葉が飛込んだ。
 蘭は真っ直ぐ息子の下へ行き、一瞥すると、なんと横の菊理をするりと取り上げてしまった。そしてあまっているソファに座り、彼女を膝に乗せる。驚いて動けない少女を強く抱きしめた。

「一から百まで知りたくて当然だろう。
 私の『娘』につきまとう少年どもだぞ。
 心配するわっっ!」

菊理は蘭の胸に縋って、ぐすぐすと泣く。
 その髪をすく彼女の表情は、妙に明るく清清しい。今にも鼻歌でもしそうなくらいだ。
「……怪我が治ったら、三人は百叩きだ。覚悟しておけ」
きらり、といつもの調子で睨みつけられると流石に帝月と瑠璃男も言葉がない。
「大佐ぁ……さない。御免なさい……」
「悪戯なんて、もうしてはならんぞ。姫。
 私は姫のこととなると、理性が飛んでしまうくらい心配してしまうのだから。
 男はガキでも色々できる。何かありそうになったら、あんな奴らは使い捨ての屑だと思って容赦なく斬り捨てろ。コレクションにいい刀がある」
「わいと天馬の二人がおるやん。
 姫様に刀なんて必要ないわ」
瑠璃男がぼそりというと、蘭はくいっと頬を吊り上げた。

「……そういう貴様が敵になることはいつでもありうるからな」

少女の嗚咽がやむとようやく、太い腕を放した。
 息がかかるような近さで、小さく、改めて菊理はいった。
「ごめんなさい。
 大佐」
少しだけ、蘭が寂しそうな表情を浮かべる。
 言え。言い直せ。言い直してくれ、姫。あの言葉をきかせてくれ。
 ねだるような上目遣いで、じっと少女の顔を見つめた。
「………なさい…おかあさま」
言い直した途端。再びきつく抱きしめられる。

 この子が、娘になる。
 それがどれだけ嬉しいか、誰にもわからなくていい。それがどれだけ幸福なことか知っているのは私だけでいいのだ。
 そのために刀を持ったのだから。
 そのために権力も金も名声も全て手に入れてきたのだから。

「過保護」
「心配性」
「やりすぎっちゅう言葉誰か教えてやりぃ」
「それより前に常識だろ。必要なのは」
ぼそぼそと聞こえる意見を全て無視して、激烈に胡散臭い笑顔で現朗をみた。
「……というわけだから。
 怪我の治療と精神的休みを求めて今日から私は姫と一週間旅行に出る。
 仕事は任せたぞ。何か事件があったら、鬼子と天馬をいくらでも使え。有給手続きは面倒なので後でやる」
「っぐ」
と。厄介な仕事を押し付けられた現朗が悲鳴とも呻きともつかない声をあげる。
「た、大佐。お怪我が……」
「大丈夫だ。すこし腹を切ったが、軽い軽い。
 それよりもようやく休みが取れた。新潟に、雪を見に行かぬか? 温泉もあるぞ。今年のお年玉だ」
「頂きましたわ」
「じゃあバレンタイン」
すりすりと菊理の頬を撫で、ハイテンションに蘭が言う。
 他の者たちは肩をすくめて互いに見合った。彼女がここまで決定したら誰がいえるだろうか?
「……しかたありませんね」
現朗がしぶしぶ許可すると、蘭は菊理だけに笑みを見せる。
「じゃあ。
 まず天馬殿は、八俣さんの部下として一週間働くように」
「きゃぁぁぁぁ。最高ぉ―――っ!」
真っ白に燃え尽きそうな天馬を大男が抱きしめる。
 零武隊一堂に笑いが走った。
「そして瑠璃男と帝月殿。今年発売する『夏の恐怖体験めぐり。心霊スポット百二十巻☆』のための現地調査をやってもらおう。かなりハードスケジュールだから頑張れよ。
 いらん心配をかけたのだからみっちり働いてもらう」
げぇっと少年二人の顔色が変わった。
「あんなもの発売するなっ!」
「そうやっ! ていうか、百二十も載せたってどうせ誰も行かへんで」
と言い張る少年たちの首根っこをとらえて、軍人たちは連行する。
 その日は、春の恋しくなりそうな暖かな一日になった。梅のつぼみが膨らむ様を見つけて、菊理は久しぶりに心からの笑顔を蘭に見せた。