鬼子母神編 教授編 狸編 隊員編・1 隊員編・2

      同性愛編 隊員編弐 解決・1 解決・2
 ・・・  懊悩と解決  ・・・ 


 夕方に訪れた珍客に彼はいい顔をしなかったが、話を切り出した途端急に乗り気になった。
 さっさと帰ってくれることを願って、火鉢もない部屋に通した。てっきり菊理の元に行くと思っていたこの女軍人に、是非自分に話したいことがあるといわれれば、あまりいい気分ではない。
 彼女と絡んでいい記憶というのは一つも近円寺にはないのだ。どうせまた面倒ごと、さっさと帰らんかい。とぶちぶちと聞こえるように口で呟きながら廊下を行く。
 そして二人が向かい合って座ると、先に切り出したのは蘭のほうだった。
「姫と、帝月、瑠璃男とうちの愚息の……教育について言いたいことがある」
「何かありましたかい? 教育には金を惜しまんつもりやけど。まあ、出来は本人の資質によるもんやしなぁ」
「……その手の教育はもういい。十分だ。感謝している。
 そうじゃなくて……彼らも、そろそろ年頃だとおもうのだが」
「はぁ?」

「だから。その、男女の教育を……行ってもいいのでは、ないだろうか?  平等に扱ってくれているのはいい。だが、少し、菊理は女性だし、彼らは男だということを意識させないと……」

普段なら煩すぎる声量ある声がとても小さいというのに、普段なら遠くて聞こえないことの多い耳でも全部よく聞こえる。
 とてもよく聞こえる。一言一句もらさず全て。
 全てを聞き終わったとき、老翁は顔色一つ変えずに「簡単なことや」とこともなげに言った。
「……簡単、だと?」
「そうどす。そりゃ簡単な話ですわ。
 男なんて、そんなもの生まれたときから知ってます。体が、ね。女とまぐわるっちゅうのは本能ですわ。
 天馬殿とあの菊理、一緒の風呂に入れて、一緒の布団で寝かせてみぃ。坊ちゃんといえども、すぅぐ反応が出てきますわ」
老翁がけたけたと笑い声を上げると、相手は不快そうに眉根をしかめた。
「だが、本当に何も知らんのだぞ」
「赤子は食事しらんでも食えるし、寝ること知らんでも寝ますわ。女を食うのも同じでっしゃろ。天馬殿だって男の子、菊理の体を前にして大人しくしてられますかい。
 確かに、うちの家には若い者がおらん。召使は老女や老人ばかり。
 ついつい、あの三人にそういうこと教える機会もなかったし、子ども扱いしとったかいな。
 ほな。早速今夜試しましょ」
ぽんと膝を打つ。
 あまりに早い決断に、彼女がたじろいだ。
「こ、今夜か?」
珍しく口ごもる女性が、とても心地がよい。
 部屋は一月の寒さでついさっきまでは膝が痛いと文句を言っていたはずなのに、何故か急激に体が熱い。身を乗り出して詰め寄ると、蘭のこわばった顔がよく見えた。
「そうや。
 あんさんも、しっかり息子の筆おろし聞いときぃ。まあ最後まで出来んかもせんがな」
人を殺しても眉一つ動かさない冷血漢の彼女が慌てふためく姿が面白くて、意地悪く追い詰めてみる。
 なんと、楽しい。
 今夜決行すると決まっただけでこの反応。普段の、あの高慢で、何者にも物怖じしない態度が崩れている。それが始まったら、一体どういう表情をするだろうか、それを思うだけでも心が躍る。
「し、しかし、姫に……お子ができるのは……困るぞ」
「一回目から出来ますかい。※
 童貞と処女のまぐわり。旨い肴ですわ。いい酒を用意しときましょ」
その一言に、動揺が走った。

 菊理が……。

 男に遊ばれ続けるのが癪で、返事をせずに荒々しく立ち上がる。だが、握り締める拳が震えているのまでは隠すことができない。近円寺は何も取り繕うとはせず、ずけずけと尋ねた。
「どないします?」
「勝手にしろっ!」
普段より一オクターブ高い声。
「ほな酒の席を用意させときますわ。
 可愛い婚約者、早よ連れてきてくんなはれ」
ばん、と襖が壊れるような悲鳴をあげる。
「ひょっひょっひょ。いやぁ、見ものやわぁ」
女狐にいっぱい食わせられたのがとても面白くて、寒い寒い部屋の中、彼はしばし全てを忘れて笑い続けた。



 が。
 本当に、何も起こらなかった。僅かに開いた襖から見えるのは、気持ちよさそうな寝息をあげる二人。菊理を昔語りでなだめて眠らせ、そしてすぐに天馬も眠ってしまった。時間は九時前。布団に入るとすぐ寝てしまうなんて、なんとも元気な子供たちだ。
「……何かあっても面白くないが……」

 ……それは、男として大丈夫だろうか。

 蘭の悩みは、余計に深くなったのである。

※ 出来ます。可能性は下がりますがなくなるわけではありません。