鬼子母神編 教授編 狸編 隊員編・1 隊員編・2

      同性愛編 隊員編弐 解決・1 解決・2
 ・・・  懊悩と解決  ・・・ 


 天馬を騙して娼館につれてきて、そしてとうとうその場になって、彼らはおぞましいことをしった。
 知らなさ過ぎる、というその一点。
「お食事どころですか?」
無邪気にむけられる顔に罪悪感がひしひし。
 激の昔の伝を使って日明家の家名にそぐう娼館を選んだら、ほとんどそこは料亭だった。
 都会の喧騒を離れた、車でしかいけないような一画。帝都の中央すぐ側にこのような山里じみた世界が残っていること自体にまず驚かされた。 ぽつんと離れたところにある店は、全く店らしくなく、自然で瀟洒な和風の建物をしていた。個室の壁も厚く、客同士も会わないよう設計されている。
 酒が少し用意されていて、天馬はうれしそうにはしゃいで部屋中をぐるぐるとめぐった。母親ぬきで隊員の大人と交わるのは、とても好きなのだ。
 この隣の部屋が、布団敷いてあるんだよなぁ……
 あまりの場違いな態度に、遠い目をしてしまう。
「いや……ええっと、君だけが寝るんだ」
「? 眠くありません」
「女の人と、寝るっつうのは。その、懇ろになるってことなんだわ。つまり」
「懇ろになるのに、昼寝が必要なのですか?
 お話しているだけで十分かと」
懇ろは二つの意味がある。天馬はどうやら、否、間違いなくもう一つの意味を知らないらしい。
「……あ……あああ。
 い、色本とかさぁ読むことないの? 春画とか」
「イロホン……ですか?」
聞きなれない単語をそのまま繰り返す少年。
 激はその純粋な瞳にノックアウトで、くるりと背を向けて後ろの友人にバトンタッチをする。一瞬目を見開いて現朗はあわてるが、天馬の不思議そうな顔に気おされて何も言わないこともできない。
「天馬殿。子供が何故出来るか、知っているか?」
「鳥が使いになってきますよね。日本は雁ですが、異国ではコウノトリだそうです。あんなに小さい体で」
二人は顔を見合わせて、ため息をついた。
 これはもう、実地に任せてしまったほうが早い。
 天馬には朝までここにいるようにいって、それから、次に来る人の言うことを聞くように言い残して出て行った。



 朝。
 店から三十分歩いたところにある料理屋で飲み明かした二人は、天馬を迎えにいった。娼館は入ったとき同様の静けさだったが、どこか違和感がある。 二人の姿を見ると女将が静かにでてきて、案内をかってでた。
「ほんま。助かりました」
その女将の一言に、激はとてつもなく嫌な予感を覚えた。
 三人は静かに廊下をめぐってすすむ。昨夜、月の中で見た館の雰囲気とは少し違った。違和感の正体がはっきりしないまま部屋にたどり着くと、躊躇なく襖を開けた。
 ぎょっとする二人をよそに、そこには、数十人の遊女に囲まれた少年がうつらうつら眠っていた。
「坊のお迎え来はったよ」
「……いややぁ……離れとうないぃ」
ぎゅっと芸子が甘ったるい言葉でいいながら天馬を抱きしめる。彼女がここの娼館の一番をはる女性だというのは、その着物から如実にしれた。
 その声と周囲の明るさにはっと目を覚ました天馬は、二人の姿を認めて、目をこする。
「あ……む。現朗殿、激殿。おはようございますぅ」
「天馬ちゃん、可愛ぇ」
「きゃぁ。独り占めはあかんどすえ。今度はうちが天馬殿に守ってもらう番どす」
ちゅっと少年の愛らしい唇を、他の女が吸う。それをさしたる抵抗なく受け入れて、起き上がろうとするが、すぐ他の女性たちも邪魔をしてなかなか女の坩堝から出られそうにない。
「昨晩、夜盗が押し込みに入ったん。
 どうも最近雇った用心棒らが一枚かんでおったみたいで、用心棒らが全員悪人になりはって。
 ここの地形、なかなか人目につかんようにしていたし、お客の方々はそういうことに慣れてない人ばかりやし。それに人数もおらへん。
 それをこの子、静かに皆を落ち着かせて、全員夜盗を倒して蔵に押し込めたんですわ。明日になったら警察にいえばええ、って。
 お客はんに面倒ごとは悪いさかい、てうちがゆうたら、僕が残って状況を説明いたしますって帰らせてくれて。
 その後は泣きじゃくるこの子らにも優しぅ対応してくれて、もうどの子も一目惚れや」
「……あ。
 ……はい」
自慢する女将に現朗は名前返事で返す。
「警察にはさっき電話したところや。
 都のはずれなん、来るには時間かかるゆうてました」
近くの飲み屋にいたはずなのに、全く気づかなかった。
 悲鳴のひとつでもあれば駆けつけただろうに、剣の腕は相変わらず恐ろしいものがある。
「……って。いつお電話を?」
「さあ。一時間前かねぇ」
逃げられない少年の下に近寄って、激が膝を曲げた。
 激が来ると、天馬はなんとか上半身を起こす。下半身には数人の女の手が絡んで動かせない。
「よぉ。昨日は、どうだった?」
「ええ。被害者もなく、皆無事ですみました。非常に広い料亭で、しかも構造が複雑なのに助かりました。一人一人襲撃できたので。
 蔵の中に縛っておいてあります。十八人です。
 見張りなども特にありませんでしたし、心配だったので今朝までお守りしました。もう大丈夫だと思います」
『ありがとはんっ』
二人の遊女が同時に抱きついて、再び倒れこむ。
「いやー。そういうことじゃなくてさー」
かくん、と肩を落とした。

「だれがあたしの天馬ちゃんにひどいことしてんのかしらぁっ!?」

すぱーんと、襖が開いた。
 気配が一切なくて、それは零武隊の精鋭たる彼らを十分に驚かす。
『やば……』
と、二人の呟きがハモる。
 夜盗、なんで昨日を選んだ。ぶっ殺してやる。……てゆーか、現在進行形で俺が殺されそう。
 警察の服から漏れ出す殺気はただごとのレベルではない。眼前の水色髪の警官は、ゆっくりと、大股で近づいてきた。
「……なんで天馬ちゃんがこんなところにいるのよ」
銃を取り出して、安全装置を下ろす。
 照準は自分の眉間。
 激は生唾をごくりと飲み干す。
「八俣さん?」
「天馬ちゃーんっ。
 どうして女どもに囲まれているのぉ。駄目でしょぉー。
 八雲の側から一生離れちゃ駄ぁ目」
がっと引き寄せて、自分の胸におさめる。天馬は目を白黒させて抵抗しようとしているが全然力が違いすぎる。男の思うままにすりすりと頬を撫でられた。
「ああんっ」
「ずるいわぁ。警官はん」
女たちも負けずと天馬に襲い掛かる。
 結局、夜盗たちが蔵から『救出』されたのはお昼過ぎまで待たされることになったのである。