鬼子母神編 教授編 狸編 隊員編・1 隊員編・2

      同性愛編 隊員編弐 解決・1 解決・2
 ・・・  懊悩と解決  ・・・ 


 「入るか。馬鹿者。現実を見ろ」
「明治の世になっても非科学的な話せんといてや」
「もうなんでも騙される歳ではありませんよ」

少年らの三者三様の言葉が、深く突き刺さる。
 ……てめぇら一遍死ね。いや、一遍じゃなくていい、百篇死ね。死んで来い。 天馬坊ちゃんは死なれると困るから半殺し程度で。
 怒りにうち震える毒丸の肩を心配そうに鉄男が叩く。抑えろ、という合図だ。そしてこの合図はもう五十回以上繰り返され、ここ十五分は一分おきよりも短い間隔で与えられている。
「だぁかぁらぁさぁ
 挿るの。男の一物は女の体に挿るんだよっ!
 それを擦って出てくる液を体内に入れないと受精して子供づくりで出来ねぇんだよっ!
 いい加減理解しやがれ、夢精の快楽も知らないお子ちゃまどもがぁー」
「そない顔しても信用できっか」
「冗談ならもっと上手く言え。
 女を見たことはないのか? そんなものが入るほど大きい穴があれば、僕はとっくに菊理から見つけているぞ。僕らは一緒に風呂に入っている。
 彼女の口に中だって僕のものは入らん」
「―――っっ! やらしーこと考えてんじゃねえぇぇっ!」
「ど、毒丸殿っ。
 帝月。あまり追い詰めるなっ! 零武隊はもてる職業ではないし、血なまぐさいし、忙しくて女性にお会いする機会も少ない上に毒丸殿は独身なのだぞ」
微妙に助けていない天馬の言葉を理解できるほど、今、青年に余裕はなかった。肩を上下させながら、息巻いて殺さんばかりに三人を睨みつける。
 しかし殺気や武道に慣れている少年たちは意に介さず、天馬は愛想笑いを、帝月と瑠璃男は軽蔑の目でみるばかりだ。
 絶対ぎゃふんといわせてやるっ。絶対、絶対いわせてやるぅぅ。
 と、すでに当初の目的を忘れつつある毒丸に、正直鉄男は心配だった。
 三日前、正月以来ますます悪くなる大佐の体を慮って、毒丸が現朗と激におずおず相談した。他言してはならないといわれたが、というお決まりの前句を言われて、天馬らのことについてだと聞かされた。 現朗は詳細を語ろうとしなかったが、つっこんで質問しているうちに激がぺらぺらと話してくれた。
 そしていきなり今日、毒丸は近円寺邸の護衛にきたついでに三人を一室に集めたのである。
 勿論鉄男は同僚の暴走に二三箴言をしたが、聞くような男ではない。むしろ共犯者にさせられてしまった。
 しばらく嫌な沈黙があって。
 自分の鞄を引き寄せて、乱暴に手をつっこんで一冊の本を取り出す。
「……それは……」
「だってこいつら信じねーじゃんっ! 実物見せたほうがいいだろうがぁっ!」
血が頭に上った青年は、本をべしっと三人に叩きつける。

 『月刊痴女の闇 実録輪姦物語特集』

 荒い紙の上に黒いインクででかでかと印刷されている安っぽい雑誌。隠語と淫語が大小様々に並び、その文字の合間をぬって、乳房をたらした女性が口をあけながら股を広げる。 ぎりぎりのところを布地が隠すのが、一層彼女の淫靡さを引き立てていた。買うだけでも罪悪感を引き起こすような、そういうわざとめいたつくり。
 まずとったのは、天馬だった。
 ちらりと毒丸の様子を伺い、それからぱらぱらとめくる。
「これでちったぁ勉強しやがれっ」
啖呵きって、腕を組んでどすんと畳に座る。天馬の手にある雑誌を帝月も覗き込み、さらに瑠璃男も見る。猫団子のようにくっつきあう少年たち。
 うまく、いったかな。最終兵器だけど。
 毒丸は成功を確信し、そしてちらりちらりと彼らの表情の変化を伺う。
 と、いきなり。耳元で低い低音が聞こえた。
「……あれは、どうした」
びくっと、青年の背筋が伸びる。
 やば……啖呵きったけど……ここには鉄男が……
 ぎぎぎ、と首をゆっくり半回転すると、そこには無表情の男の顔。
 罪悪感を覚える雑誌、それを、一番見せたくない男に見られた。 顔にはたいした変化はないが、その怒りはひしひしと伝わってくる。 鉄男が案外こういうところにお固いのは長い付き合いでわかっていた。
「だって、だって……こういうのあったほうがいいかも、って思って。ついさっき買ったんだよ。
 いっておくが、絶対、絶対俺の趣味じゃないぞ。愛読書でも毎月買っているわけでもないっ」
「二十五歳以下は買うな、と書いているぞ。おぬしは買えぬはずだ」
「い、い、い、い、いいじゃないかっ! 買えちゃったんだからっ」
「いかん。おぬしには早い。後で没収する」
「酷っ。まだ見てないのに
「帰ったらじっくり話をきくぞ」
二人が必死の攻防をしているとき、すでに、少年たちはそれを読み終わって。
 もみくちゃになっている毒丸にそっと差し出される。
「あ。あ……。
 こ、これでわかっただろっ! 女には男のものの代わりに……」

「おい、毒丸はん。
 こら漫画や。戯画。いってみれば、物語やないか。アホくさ」

呆れた、といったつめたい目で瑠璃男が淡々と言う。へ? と軍人らの目が丸くなって動きが止まった。
「る、瑠璃男。言葉が過ぎるぞ」
追い討ちをかけるように、カミヨミが口を開く。
「はっきりいってやるのが本人のためだ、天馬。
 貴様、零武隊になってもまだ現実と物語の区別がつかんとは嘆かわしい男だ。否、嘆かわしいのではない。いっそ、哀れだ。
 いいか。
 授乳中でもないのに常に乳首の立っている女はおらんし、こんなに大きな性器をもつ男も世の中に存在しない。
 こんなものを信じているとは。
 戯画が架空なことくらい、童子でもしっておるぞ」



 月夜の独身寮、一階の食堂。
 しくしくと泣く毒丸と、それを慰める鉄男の姿があった。