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白黒をつけるとはどういうことか。 ―――零武隊に戻ってきてから叩き付けられた勝負方法に、現朗は眩暈と頭痛と悪寒と腹痛とで手近にあった椅子に思わず座り込んだ。 色町の店に行って、店の女性たちにどちらがカッコイイか選んでもらう。 「断る」 重いため息の後にきっぱりと言った。 「断ったら大佐にある事ない事とない事をちくってやる。悪いことしたっていってやる。八俣さんにも言ってやる。お前だって早く刀返して欲しいだろ。……だから、だから、だからさぁ。頼むから、ほんのちょっと付き合え。付き合って下さい。頼むからぁぁ」 脅迫なんて慣れていないのだろう。最後は懇願だった。断る気満々だった現朗はその上目遣いに負けた。 こうして、二人は色町に繰り出すこととなったのである。 ***** 夜の涼しい風が二人の男の顔を撫ぜる。現朗は面倒臭そうだが、激は真剣そのものといった雰囲気で殺気すら漂っているようだ。服で差がでないようにと、激はわざわざ寮まで戻って現朗に自分のシャツを貸してやったのだ。 人通りの大半が男だ。受かれた調子の音色が、どこかの二階から漏れて通り全体に響く。わざとではなくとも肩が触れ合ってしまうくらいに道は人で溢れていた。……夜はまさに、今、始まったばかりだ。 「おっ。こりゃカッコイイ兄さん方だねぇ。 どうだい、いい娘が揃ってるよぉ、寄ってかないかい。あっちの方も折り紙付きだからねぇ、兄さんたちも絶対満足するよ。それにこの時間じゃまだ客もいないから、好きな娘選べるし。お得だよー」 年老いた客引きの一人が、いきなり現朗の裾をつかんで滑らかな口調で語りかける。それに気付いて、前を行く激も足を止めた。 「……どうする?」 「よっしゃぁっ! まずはココにするかっ」 「…………まず?」 現朗は微妙に激の発言に気になりなったが、激は現朗を気にせずさっさと話を進めている。 「おっ。いい決断だぁ。やっぱ男はこうじゃなくちゃねぇ。 おーい、二名様ご案内だぁ」 翁が案内した先は、町でも一位二位を争う大店だった。店構えの大きさに、現朗は財布の心配をする。何も考えていない激は大股で戸口へ向かった。一日遊べば中尉クラスの給料であってもゆうに半分くらいふっとんでしまうだろう。 二人が暖簾をくぐると、一番の客にいらっしゃいませぇと声を上げながら集まった女達は、そのまま固まってしまった。 夜の町には相応しくない金髪の美丈夫が、すっくと立っている。 見る者が吸い込まれるような切れ長の透き通った目。 「あ……ああ。 すまない、一つ尋ねたいことがあってお邪魔したのだが、少し時間は取れないだろうか」 それはよく考えれば、とんでもない要求なのだ。客でもない人間が店に来るというのは営業妨害に近い。 が、こんな美男に頼まれると嫌とはいえなくなってしまうのが、人間の性の悲しさである。女性たちはどうすれば分からずきょとんとした顔で二人の闖入者をみつめていた。 「直ぐに、終わりますか?」 一番年上の女性が、一歩前に出て鈴を転がすような声で訊いてきた。 「お手をとらせませんから」 彼女が後ろへ振り向くと、主なのだろう、店の奥にいた恰幅のよい男が面倒臭そうに何度も頷いている。客ではないのならばとっとと終わらせて帰らせろ、ということだ。 「ええと…それで」 化粧で作った大きな双眸に見つめられて、現朗は思わず口籠もった。 質問をする許可は得たが…………よくよく考えてみればあまりに情けない質問ではないか。 それを口にした後にこの女性たちから軽蔑の目で見られることを思わず想像して、臓腑が凍る。こんな事ならば付き合うんじゃなかった、と、この瞬間になって後悔の波が押し寄せてきた。……遅すぎるが。 女性と見つめ合って、現朗は狼狽する。質問しそうな気配はない。 横でその様子を見ていた激は、答えを待ち切れなくて、強引に二人の間に割り込んだ。 「なあなあっ。 俺とこいつ、どっちがカッコイイと思うっ!?」 『……………………。』 店の中に冷たい風がふいた―――ような錯覚を覚える。 状況分析の得意な軍人が立てた予想通り、女性たちの目は軽蔑の色に変わった。否、現朗の予想を超えて、呆れ果てていた。 彼女たちは一回顔を見合わせる。 計らずしも、困ったなという顔を浮かべる現朗に同情が集まった。 きっとこの逆毛の友人に連れられて、本意なくこのようなことをする羽目になったのだろう。かわいそうに。この美形を困らせるなんて、なんて酷い男だ。 ―――と、一本の物語が彼女たちの中で構築された。それはまあ、強ちそれは間違っていないのだが。 「あたしこっちの方がカッコイイと思うわ」 「私もっ」 同情過去物語のおかげもあって、次々に金髪の回りに女性の人だかりが出来上がる。一分とたたないうちに全員が現朗の周りに集まっていた。 誰も気づかなかったが、女性に囲まれた男の顔に冷や汗が浮かんだ。 まさか、全員がくるとは思っていなかった。せめて一人くらいは激に向かうと考えていた。 ……これでは、この単純明快順路一直線の男の魂に、火をつけかねないではないかっ! 「えーっ。なんでぇぇぇぇーっ!?」 激はぼりぼりと頭をかきながらしゃがみ込む。その姿に心を動かされた数人の女性たちが、彼の肩を叩いて慰めてやったが拗ねて顔を上げようとしない。大の男とは思えない可愛い仕草に女たちが賑やかな声を上げている。 「もう結果は出たな。帰るぞ」 金髪は恐々と手を差し出した。 どうか、頼むからこの手を受け取ってくれ…… 普段は微塵も信じてない神と仏と日明大佐に必死に祈ってみた。 祈っていた――― が。 ぺちん。 乾いた音がした。振り払われたのだ。 状況分析の長けた軍人の予想通りの行動。予想通り過ぎて、涙も出ない。 やはりそうなるか……と現朗が目線をずらすと、激の顔にぶち当たった。 くいっと上げられた顔には、敵愾心剥き出しの目。 ……だからなんで俺が罪悪感を覚えなければならないのだ。 眩暈を覚える青年の目の前で、すっくと立ち上がる。ぱんぱんと膝を払って睨みつけてきた。そして。 「まだだっ。 次の店に行くぞこらっ」 魂に火がついた単純一直線な男は高らかに宣言したのである。 |
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