|
||
浅草寺周辺になってから、急に人通りが多くなる。 二人は裏道から出て参道の流れに入り込んだ。屋台の客引きの声や、物見遊山の客のうれしそうな声やら。賑やかな風景の中にあっても―――否、だからこそ、というべきか―――二人の白服の軍人たちは思い切り人の目を惹いた。 出で立ちもさることながらその容姿も徒ならぬものがある。金髪に涼しげな目元、颯爽とした動き。特に女性たちには強烈に効いた。屋台の老婆まで頬をそめて熱い視線を寄越している。 慣れているのか、現朗は動じた様子無くずんずんと寺へ進んで行った。自分の容姿を自慢げにすることのないその態度が、余計に様になって乙女たちの心を鷲づかみにする。 「なー。煎餅とか食べない? あ、俺おごるよ? だから食べようぜ」 後ろから必死に煎餅煎餅という男の声に青筋を立てながら、着実に任務を遂行していた。 いつもと同じ周波であることを確認しながら、現朗は鋭い視線を動かし異常がないか確かめる。平日だというのにここらの賑わいは流石だ。人の流れに逆らわず飲み込まれず―――だが激は出店にしっかり目をやりながら―――二人は中心部へ進んだ。 「おい。中尉」 再び、呼ぶ声が聞こえた。 先程までと同じように聞こえないふりで通す。が、相手も勿論それには気付いていたようで、腕を延ばしていきなり背中をつかんだ。 鬱陶しそうに振り向くと、激は目だけで横をさした。 目線の先には、人集りがある。 複数の男に花売りの幼女が絡まれている。買いもしないのに周囲に人垣を作ってその子をそこから出さないようにしていた。年端のいかない少女は泣き出しそうな表情で、それでも必死に『花をいりませんか』と叫んでいる。 現朗は溜め息を付いた。 零武隊は、目立ってはならないというのに――― 「今見逃すほうが、目立つっつーの。 それにほれ、稽古したいとかいってたよな昨日」 現朗が口を開くよりも早く、先読みした激が言う。 むぅと低い声で呻いた。 ―――確かに、言った。一週間も刀に触れていないと、勘が鈍りそうな気がしたからだ。それは単に後で稽古に付き合え、という意味にすぎなかったが。 お前が行けばいいのに。 出かかった言葉を飲み込む。暴れるのが嫌い、というわけではないのだ。この金髪の上官が予想以上に好戦的なのは激は身を以て知っていた。 「刀が無いのは面倒だな」 ぼそりと低い声でぼやく。 「おいおい。あんな程度に武器が必要だなんて、お前に殺されかけまくった俺は冗談でも笑えないぜ?」 「ほう。 ……確かにそうなるな」 目の前の男は、上手くいったと会心の笑みを浮かべていた。 二人は同時に方向転換をして、大声の聞こえる方へ向かう。野次馬たちも軍服に気付いたようで次々に道を開けた。嫌がらせ真っ最中の男達も二人の存在にはすぐに気付いて、動きをとめた。 目と目で語り合う。 警官ではない。が、軍人というのもなかなか相手にしたくないタイプだ。 「……花を見せてくれないか」 現朗は男達の囲いを無視して、少女の目の前まで来て膝を折り、淡々とした声で尋ねる。場違いな程落ち着いた、穏やかな声音だ。 半泣きだった娘は顔をあげると、まるでこの世の者とは思えない美丈夫がそこにいる。邪魔された男は対処すべきかまだ迷っていて、忌ま忌ましそうに睨みつけはするが何もしてはこなかった。 ずっと鼻を啜ってから、少女は両手を差し延べる。殆ど売れていない花が籠にぎっしりと詰まっていた。あまりに花の量が多くて、本来片手で取っ手をもつ形の籠であるにもかかわらず、彼女は下を両手で支えなげれば持つことが出来なかった。 「全部でいくらだろうか?」 「……十八円三十五銭……」 現朗は立ち上がると、鐘をしまいながら財布を取り出し十円札を二枚手渡した。お釣を探そうとする少女に首を振って断り、彼女には重すぎる花籠を左手で持ち上げた。 「ありがっ…とっ……ざいます」 礼を言うが早いかそこから駆け出していってしまった。 ほっとした見物客たちは人の流れに戻って行く。 悔しそうな男達は、現朗の回りに集まって、しれっとした表情の軍人を威嚇的に睨みつけた。後ろにいるのは頭の尖った軍人しかいない。しかも二人とも、帯刀していない。 二人。対して、こちらは八人。しかも、刃物もある。 全員が、とても簡単な数式の答えが弾き出すのには然程時間は要さなかった。 「しけた面してんじゃねぇぇ―――っ」 拳を振り上げる真横の男。 金糸の隙間から光る目が見開かれる。 花籠に隠れた部分で、右手が握られた。 後ろ足に重心を乗せてためを作る。男の繰り出した拳は見切っており、首を僅かに動かすだけで簡単に避けた。 手応えを感じずにやや驚いた表情のままで、男が固まる。この至近距離で避けられるとは思わなかったのだ。 驚愕に止まった男の顎を、現朗は下から繰り出した右拳で思い切り殴りつけた。完全に隙になっていた場所からの攻撃。為す術もなく大男が倒れる。 花籠は揺れ、中空に花が舞った―――。 仲間があまりにもあっさりと目の前で倒れたことに動揺が広がる。 「頼むっ」 邪魔になった籠を、現朗は激に投げ渡した。激も受け取った籠を近くの見物客に持たせて、己の棒を構える。 まさか一撃で倒されるとは思っていなくて浮き足立つ男達に向かって、現朗はすぐに攻撃を転じてる。軽やかに移動し、右蹴りで二人同時に地面に叩き伏せた。男達は体で花を踏みつぶす。 激が地面を蹴った。現朗ばかりに目がとられていた者には、逆毛頭が突然横に現れたように見えただろう。足を払われて思い切り地面に体を打ち付ける。 「っく……」 遅まきながら彼等は刃物を取り出した。 野次馬の女性が絹を裂くような悲鳴をあげて、人の輪が一メートルほど大きくなる。 現朗は八人の位置はほぼ把握していた。四人は倒れているし、その内で唯一起き上がることが出来そうだった者は、倒れているうちに後頭部を軽く蹴って昏睡させる。激の位置は読めないが、まあ邪魔にならない場所にいるのだろう。 構えられた刃が太陽の光を受けて鈍く光る。 馬鹿な奴め。 刃物を持った男に向かって一直線に駆け出す。 人垣から声があがる。幾人かの女性は、残酷な情景を想像して思わず目を瞑る。 少しは躊躇するだろうと思っていた男は、対応しきれず後ろに下がった。が、現朗は早い。怯んだ男の手首を叩き、刃物を地面に落とした。 金属の済んだ音が響く。 ―――それが聞こえなくなるときには、もはや勝負は決していた。金髪の繰り出した蹴りが下顎に決まり、男の体は弧を描いて宙に浮いたのだ。 激は攻撃者の隙をくぐりながら、周囲の人々に攻撃が当たらないよう気を配っていた。彼がいたからこそ、現朗は気兼ねなく全力を奮うことができたのだ。 現朗の動きを見ながら、やっぱり日明大佐の攻撃の仕方と似ているなぁと思った。実は同じことを現朗も思っていた。 八人全員を打ち倒すまでに時間を要さなかった。 最後の一人が、完全に地面で失神した。 「待たせたな」 現朗はいつもの無色透明に透き通った声で呼んだ。汗ひとつかいていない顔には僅かに笑み。 野次馬の側で腕を組みながら待っていた激も、手をあげて返す。 「おう。待ったぜ」 |
||
|