凄絵
 ・・・  女装/西洋/肉食4  ・・・ 


 意想外に、八俣は外国語が非常に堪能だった。
 脳と常識と理性を全て筋肉にしていると信じて疑ってなかった蘭は、正直驚いた。そして理不尽にも腹が立った。
 イギリス語が話せるかと彼に聞かれて、ヘイジャップしか言えないと馬車の中で告げると、「会場では黙ってろ日本の恥」と淡々と言い捨てられたので、お前こそどんなものだと憎憎しく思っていのだが――― 恐ろしく流暢に会話をするのだ、これが。
「Hi,mademoiselle. Would you permit me to dance with you?」
『お嬢さん。踊ってくれませんか?』
目の前に白髪の男が、ぬっと現れる。
 怖くは無いが、わけの分からない言葉は怖い。歩きなれない踵の高い靴で、二歩、三歩後退してしまう。首を動かして八俣を探すと、彼は別のテーブルで試食していた。彼を見つけるとすぐにぱたぱたと走り出して、その後ろに隠れる。断りもせず承諾もしない彼女の態度がよめず、男はとりあえず八俣の方に近寄った。
「Hi,vampire,is a cute witch your partner? I want to dance with her.」
『ちょっと吸血鬼さん、その可愛い魔女は君のパートナーかい?
 一緒に踊りたいんだけどな』
八俣は咀嚼しながら振り返る。一瞬蘭をみて、それから前の男を見て、またか、と心中呆れる思いだ。離れるなと言っているのに勝手にどこかに行ってしまう。そして数分見えなくなるとまた戻ってくる。大概、男を引き連れて。
「Oh,very sorry.
 She has come a dance party for the first time. She has practiced in dancing,but in vain.She is very poor at.Today, only see.」
『すまんね。彼女は初めて夜会に来たんだ。ダンスは練習しているけどまだまだで。今日は見ているだけだ』
「Oh, my god! Ok,I know.
Girl,let's dance together again sometime!」
『ああ、それりゃ残念だ。
 わかった。じゃあお嬢さん、今度また踊りましょう』
彼は握手を求めたので、よく分からないが蘭はそれを握り返した。
 彼女が男たちの目に留まるのは、無理なからなくところがあろう。客観的に言えば蘭の容姿はなかなか良いし、黒髪とその衣装は似合っている。それに外国の女性に比べるとずっと幼い顔立ちに見える。今夜のパーティは日本人もちらほらいたが、どの女性も客観的にいって彼女には太刀打ちできなかった。
 二時間前。ダンスが始まって直ぐに口説かれたので、彼女はいきなり「分かる言葉ではなさんかっ!」と殴りかかろうとした。それが八俣と現朗、その他零武隊隊員に見つかって館の外で散々叱られたのだ。
 仕事の前に厄介ごとを起こすな―――と。
 殴れないとなると断るしかないのだが(この思考の方向性に既に大きな問題にあることに気づいていない)、断るには言葉が話せない。首を横に振ると(と、思っているが実際は硬直している)、相手は手を掴んで引っ張ろうとする。結果、いつも警視総監に頼るのだ。
「どこがcuteなのやら。ちょろちょろ離れるの止めなさいよ」
「お、お前も仕事中に食事するなっ! 私は一応見回ろうとしているのだぞっ」
ふうん、と気の無い声で返事をして、八俣は皿の上にあるフォアグラの乗った黒パンをつまんで食べる。
 いい味だ。ゆっくり咀嚼して嚥下すると、今度はなんと酒に手を伸ばす。
 その、やる気のない態度に、蘭はむっとした。
「仕事中だといっているだろうがっ!」
小声で文句を言うと、ぎろりと片目だけで睨みつけられた。

「ならさっさと今回の事件の概要を教えるのが筋だろ。
 てめえ、なんで説明しねえんだ」

そこを突かれると、弱い。彼女の言葉が詰まった。
 零武隊の任務は殆どが極秘事項だ。それら部分を触れないように計画の上澄みだけを説明したのだが、やはりこの男は納得しなかった。
「け、警察ごときに話してやることはないな」
「協力してやってんのはどっちか分かれよお前はいい加減に」
こめかみを引き攣らせた笑顔で詰め寄られて、思わず後退する。
 ……別に、私は悪くないぞ。
 とは思ったが、やはり全く説明しないのもなんとなく悪いような気がする。なぜなら彼は今日は損得なしで付き合ってくれるのだ。しかもこれから起こることを考えると―――どうせ彼は零武隊の仕事に付き合わされることになる―――言わなくても言っても同じような気がする。
 後一歩だなと八俣は表情から察して、いつものオカマ口調に切り替えた。
「それに犯人見つけるにしても情報が多いほうが楽なのよ。
 知ってることはとっとと言ってちょうだい」
「それで言えたら歴史の始末屋は苦労はせん」
「……あたしだってこんなとこにいるのまずいんだから」
その一言に蘭の心はぐっと動いた。確かに警察の長が軍人の仕事を手伝うなど知られたら外聞が悪い。
 腹をくくった。
「外には漏らすなよ」
「あんたもよ」
「……カミヨミの姫が言うには、ここの館はまず地形が問題らしい。人の気を荒れさせる御霊が集まる。調査したところ祠を崩して上にこの館を建てた。
 既にこの館内で、事故という形で死傷者が十人以上出ている。ここの奥方も片腕をなくしている。一番最近では、この館の古参の執事が昨年亡くなった」
こんな豪華なパーティが開かれているのに物騒な話だ、と思った。
 大きなシャンデリアが何十個もぶら下がるホールに、浮かれざわめく人々。音楽が変わり、人の流れが変わった。惨劇の空気とは程遠いこの館に本当だろうか? と思ってしまう。
「なるほど菊理ちゃんが心配する理由はわかったわ。
 それで、なんで今回ハロウィーンにわざわざ護衛を呼ぶ騒ぎになったの?」
「殺人予告がきた。
 ……五通も、だ」
「五通?」
普通の脅迫状にしては随分量が多い。
 蘭は八俣を引っ張って、会場のはずれに連れて来てその予告状を見せた。
 彼が驚いたことに、紙も字体も内容もあて先も、五つとも全て違った。
「何よこれ。全然違うじゃない」
と小声でいうと。
「全て館内の別人に宛てられたものだ」
と返された。
 同時に五人に殺人予告が来るなんてことが、ありうる話だろうか。
 確かに軍人に依頼が来るのは分からないでもない。
「姫が言うことには、この館は存在自体が危険だそうだ。禊払いをしないと犠牲者を増やす。
 そして、このハロインというのは、この家の者の国では霊を慰める日らしい。ゆえにこの日にあわせて御霊も人も動いたのだろうと推測している」
他ならぬカミヨミが言うのだがから間違いないだろう。
 確かに、その予告どおりの仕掛けはいくつかは先ほど見つけた。会場が開かれる前に二人で全ての部屋を確認したところ、三つ人殺しの仕掛けが、五つ以上怪しい仕掛けがあった。見回りをしていたほかの隊員からも殺人の仕掛けはいくつも見つかったと報告されている。だがその仕掛けからは犯人の特定は難しそうだったが。
 警察の八俣の目から見ても素人の仕掛けだとはすぐわかったが、全て日用品でできており、館の者なら誰でも可能な仕掛けだ。
 蘭は仕掛けの破壊が終わると、各部屋に菊理からもらった札を貼った。
 零武隊の隊員たちは部屋ごとに一人ずつ立っており、家の外も警備している。特に厨房は重点的に人を配備していた。わざわざ家の主人が、パーティにそぐうような軍服を用意してくれたので、目だったりはしていない。
「つまり幽霊が起こしているわけじゃないけど、幽霊も一役買っているのね。事件が起こらないに越したことは無いけどかなり危険じゃない。良く菊理ちゃんを連れてこようと思ったわね」
「うむ。今から考えると無謀だったな。こんな状況ではな」
「あれだけ仕掛けがあればねぇ」
「そこではないが、今の発言は気にするな。
 ……まあ、菊理がいないなら何をしても気が咎めぬ」
音楽に紛れて八俣に聞こえないことを前提に、蘭はこそりと呟いた。