凄絵
 ・・・  女装/西洋/肉食2  ・・・ 


 十月三十一日。
 正午を少し回った頃に警視総監の部屋に直通の電話がかかってきた。
「……責任を取ってください」
それは、零武隊の古参の一人の声だった。面識は幾度かある。確か赤い髪をした、ふてぶてしい笑みを浮かべる男のはずだ。
「何が?」
「うちの馬鹿大佐が落ち込んで仕事をして下さらないのです」
「あら。警察ごときの力が必要なわけ?」
「…………貴殿にも責任があるのです」
 自分のところの問題児は自分で始末つけろよ。
 などと思わないでもなかったが、三時間後そちらに出向くと約束して、受話器を下ろす。今日は三十一日。おそらくもう、天馬が例の服を着ているだろう。見るにはいい機会だ。
 天馬ちゃぁん。今行くわー。
「け、警視総監、あの、気味が悪いんですけれど……」
と若い部下が命知らずの発言をしようとするので他の警部らが必死に止めた。警視庁内の殺戮は揉み消しに困る。


 ところが。仕事をありえない速度で終わらせて、スキップしながら零武隊の廊下を進み、破壊する勢いで執務室の扉をぶち開けると、
「はろ! 天馬ちゅぁぁん!」
そこに、目当てのものがなかった。いたのは、冷たい目をした隊員らと椅子の上で膝を抱える蘭だけだ。
 一気にテンションが落ちた。
「……どうしたのよ? 狼男の天馬ちゃんは? 魔女の格好をした菊理ちゃんはどーなっちゃったの?」
殺気篭った視線を無視して、八俣がぶうたれる。
「……駄目だっていわれた」
ぽつりと、覇気のない小さな声が聞こえた。
「は?」

「天馬と菊理の参加は駄目だって言われた。
 しかも子供服を作ったと元帥にばれたら本気で怒った」

『当たり前ですっ!』
本気の総ツッコミが彼女に入る。
 普段なら言った人間全員殴り倒しかねない蘭が、よほど夜会に連れて行ってあげられないのがショックなのか、言い返すことすらしない。
「仕事ですよ、護衛のっ。
 夜会の見張りになんで子供を出すのですかっ!?」
「まともに考えろよっ。大佐っ!」
「………………天馬は腕が立つ。それに霊絡みなら菊理がいたほうがいい。
 そして、なにより可愛い」
なるほどもっともな言葉だ。
 が。
 カミヨミを知らぬ一般人にはそんな言い訳は通用しないだろう。彼らが欲しているのは屈強で安心感を与えるような護衛だ。いくら力があるといっても少年少女では軍の威厳が保てない。ましてや相手は異国の者だ。
 蘭を取り囲みながら次々に隊員たちが進言という名の文句を連射している。どうしたものか、と呆れ顔に八俣がつっ立っていると、現朗がやってきた。
「八俣警視総監。お越しいただきありがとうございます」
「……いや天馬ちゃんいないなら帰るけど」
現朗は頭を下げたままそれは聞こえない振りをして言葉をつなげた。
「早速ですが、お願いがございます」
彼は、身を起こさない。
 八俣が乗って来るまで頭を下げたままでいるつもりだ。そうやって強引に催促するのが彼の手だ。
「なーに?」
嫌な感じをひしひしと受けながら、気迫に負けず言い返す。
「……今夜一晩、零武隊にご協力して頂けないでしょうか。日明大佐のエスコートをお願いしたいのです。夜会は男女一組で仮装参加という条件なので。
 事件が起こるかどうかは断定できないのですが、確かに事件の兆候があり、またカミヨミの姫も警戒するようおっしゃっております。
 これが、一連の資料と今回の作戦です」
相手の返事を聞く前に内部資料を見せる。断らせるつもりはなかった。
 受け取って、ぱらぱらと捲りながら作戦のあらましを掴む。
 しばらくすると、低い声で彼は笑っていた。
 なぜ自分が参加しなければならないのかよくわかった。
「人手不足ね。嫌われ者は軍にお手伝いを呼べないから大変だわ」
屋敷が広すぎて、護衛に人手が足りないのだ。勿論他の軍に申請したようだが、それはことごとく断られている。
「少数精鋭ですから。烏合の衆とはわけが違います」
「その痩せ我慢、嫌いじゃないけどね」
零武隊の隊員らはすでに警備の配置が決まっている。天馬を蘭が引きずりだしたのも納得がいった。
「そもそもどうしてアレの意見が今日いきなり却下になったのよ。せっかく一晩かけて手伝ってあげたのに」
目だけで蘭をさすと、金髪の男は少し困った顔をした。
 膝を抱えて、くるりくるりと、時価五十円の椅子を回して独りに篭っている。虚ろな目、表情は暗い。微笑ましいというより可笑しい様子なのだが、作戦実行直前にここまで隊長の覇気が失せるのは由々しき問題だろう。
 襲われちまえ、と呟いているのがここまで聞こえてきた。
「いきなり却下はしておりません。
 今日初めて聞かされたので、即断で不採用になっただけです」
「また、えらく唐突な。前日まで一切準備しないわけ? あんたのところ」
「計画は当日に聞かされるのが普通なので」
「……それ計画っていわないけれど。ふつー」
「………………。
 この計画は大佐がまた問答無用におかしなことをしたときのために裏で進めていた計画です。今から人が増えても大丈夫です」
「苦労しているわね」
八俣が軽く言ってやると、現朗は答えずに目頭を押さえて涙を堪えた。
 その言葉が一番聞きたくない。惨めな境遇を自覚してしまったら負けだ。
「ふ、服は別室で用意できております」
あくまでも丁寧な言葉で、お願いという形式をとりながら強要する。
 責任とれというのは、そういうことか。
 八俣は、蘭の思いつきを知っていながら止めようともせず、服を選ぶのを手伝ってしまっている。彼らにとっては八俣は共犯者だ。
 ……言いなりになるのはちょっとむかつくけど。
「はいはい、いーわよ。服貸して。着替えてくるわ」
彼は何も反論せずに、あっさり折れた。それは夜会に行ってみたかったとか、零武隊の仕事を見てみたいとか、そういう個人的な理由は殆どなかった。

 こいつら、精神的過労で死ぬぞ、蘭。

 日明蘭が過労で倒れたりしたら正面きって笑いにいくのだが、ここの隊員たちは可愛くはないけれどももったいない顔立ちをしている。
「ありがとうございます」
現朗は再び頭を垂れた。