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寒い。 それは恐ろしく、寒い。 「……るなっ。目を開けろっ。真! 寝てはならぬっ」 赤髪が体を揺する。その振動が、遠くのことのように感じられる。 薄く目を開けると、思いのほか至近距離に彼の顔があった。 こんな顔を、彼が出来るなんて。俺のための、俺が手に入れたその表情。 ……嬉しくて少しだけ唇が緩んだ。 「真っ。真っ。 目を……目を開けるんだっ」 「え……ん……大きく……なった」 「そんなこと今言うなっ!」 がしっと抱きしめられて体温が布越しだというのに感じられる。 おそらく錯覚だろうが。こんな幸せを受けて、こんな心地のよいところで眠れるならば、もう何もいらない。 眠い。堪えきれない睡魔が頭の奥で踊っている。 もう、楽になりたかった。 「もういい……」 幽かに耳元で囁くと、炎の体が強張る。彼は眦を吊り上げた。 「諦めないのが、お前だろうっ。 そんなお前は、認めぬっ。俺が認めんっ」 叱咤しているのに、いつものような冷酷な響きはなく、なぜか耳に心地よい。 「……炎……そんな顔をするな……」 今にも泣きそうな瞳を見ながら、その頬をそっと触れてやった。 その瞬間。 「真っ、貴様かぁっ! ようやく白状する気になったかぁぁ―――っ!」 ピシャァっと怪獣が吼え、冷たい視線が二人に突き刺さった。 同時に、芯から凍るような猛烈な寒さが体を襲う。 まるで冷気の塊が目から飛び出ているような感じだ。いや、ような感じ、というのではない。事実蘭が睨むたびに部屋の一部が凍っている。おそらく丸木戸教授の変なアイテムかなにかで、ヴァージョンアップしたのだろう。 楽になりたい。楽になりたい。もう楽になりたい。 ……そう、心中では絶叫しながら思っているのに、首は意思に反して必死に横に振っている。 眠気なんて一気にふっとんだ。 犯人じゃないとわかると、ふっと他へ視線が移り、吹雪がやむ。 「くぅぅぅぅぅうううっ! 私のプリンを食べた奴はどいつだぁっ!」 彼女は悔しそうに地団駄を踏み、その周囲には全隊員が真っ青な顔をして正座をして俯いていた。 正気に戻ってしまった真をちらりと見て、はあ、と誰となくため息が漏れる。あと少しで落ちそうだったのに。落ちてくれれば楽だったのに。 炎が周囲ににらみをきかせた。 殆どの者はそれで真を見るのをやめたが、現朗だけは苦虫を噛み潰したような顔で睨んできている。隣の激が非常に顔色が悪いからだろう。 軍隊内部で起こるこまごまとした事件は、すべて隊長が処分をつける決まりになっている。 そしてここ、零武隊、日明蘭の場合。 『犯人はこの中にいる』 と、 『連続殺人のうち、死ななかった被害者が犯人』 というよくわからないポリシーの下で事件は解決することになっている。なぜこれで犯人がわかると考えるのかその思考回路はわからないが、これを言い換えると以下の結論になる。 取調中に気を失った怪しい動きをした奴が犯人。 捜査も調査も一切なく、あっさり検挙される非常に合理的な結論である。 そしてそれは、ある意味、納得のいく結論でもあった。 たとえ濡れ衣であろうとなんだろうと、弱い奴が悪いのだ。それが零武隊というところだ。 「畜生。どこのどいつだぁぁぁぁ―――っ!」 ギャーオスと彼女が雄たけびを上げると部屋の気温がまた下がる。 近頃取調べが長いという批判が誠実な隊員(現朗)からあったので、これ幸いと隊員への嫌がらせのために丸木戸に面白い人体改造を頼んでいた。 それが完成すると同時にまさか使う羽目になるとは。しかも、自分のプリンが取られるとはっ! 蘭の心は散り散りに乱れて、もはや生贄一人や二人では納まるテンションではない。始めての拷問道具を暴走気味に乱射する蘭を見た丸木戸は、いろんな恐怖で馬で逃げてしまった。 俺は死なぬ。死ぬもんか。 誰もの顔に決意の表情が浮かんでいる。 命を懸けた我慢大会はまだまだ続きそうだ。 半時間前ほど。 「プリンだー」 「プリンだー」 とはしゃぎながら、双子が『ひあき』と堂々と書かれた茶碗のプリンを美味しいそうに頬張っていた。 運命の悪戯か、それとも神の采配か。 人の多い官舎の、これまた人の出入りの多い給湯室にもかかわらず、それを目撃した者は一人もいなかったのである。 |
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