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『大佐ぁー』 とたとたと、廊下を走ってくる音がした。 聞きなれた甲高い少女と少年らの声に、一瞬驚き、それから蘭の相好が崩れる。職務中は人を斬っても眉一つ動かない彼女がこんな顔が出来るなんて! と周囲の部下たちが半歩引いた。いろんな意味で恐ろしい。 まずは菊理が、そして天馬と瑠璃男が足に抱きつく。 帝月は少し離れた場所で腕を組んで見下ろそうとしていた。自分は大人だ、といいたいのだろう。三人をそれぞれ抱きしめて、それから帝月の頭も撫でてやった。複雑な表情で見上げるこの少年は、可愛くないが愛おしい。 「出迎えありがとう。 どうした? 何かあったのか?」 零武隊が近円寺邸に来たとき、四人が出迎えてくれたのは初めてのことだ。 膝を曲げて彼らの身長にあわせて菊理に問うと、少女は腕を降りながら頬を真っ赤にして声をあげた。 「そうです。そうですの。大佐、お伺いしたいことがありますのよ。 うさぎですわよねっ」 「いーや。蟹だ。蟹がおるのだ。 日明大佐。この分からず屋に教えてやってくれ。蟹がいるのだろう?」 「違います。お兄様、うさぎですわっ」 くるりと振り返って兄に食って掛かる。 「女の人ですよね? 母上」 『それは違うっ』 「違わんぞ。 美しい宮殿があるんだ。女の人がいっぱいいるんだ」 子供たちは説明もなく、わいわいと蘭の前で言い合いを始めた。一人瑠璃男だけがおろおろとして言い合いに参加せず、時折ついついと蘭のズボンをひっぱている。 なんとかしてや。 ―――と、目が語る。 よしよしと安心させるようにその少年の頭を撫でてやると、目を細めて嬉しそうに擦り寄ってきた。 「月に何がいるのか、か? それを揉めているのだろう」 およそ三人の言い分から口論の原因を察することは簡単だった。 兎。蟹。女性。 それは各地に伝わる、月の模様に関する伝承だ。 「そうだっ。日明大佐。早くこいつらにわからせてやってくれっ」 帝月がぱっと明るい顔をあげる。 お兄様、帝月、と他の二人が不平をいいながら後ろからつつく。 この、子供たちがじゃれあっている様が一番好きだ。なんて屈託の無い顔で笑うのだろう。見ればこの微笑ましい様子に、後ろの強面の隊員たちですら和んでしまっている。 「わかったわかった。 では、皆が納得するようにしてやろう。 菊理、帝月、瑠璃男、天馬。今から出かける用意をしろ」 「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅ―――っ! 止めてっ。いやマジ笑ってないでっ。死ぬからぁっ! 冷静になって下さいお願いです大佐ぁ」 「安心しろ。 ちょっと打ち上げるだけだ。月までな」 「安心できませ―――んっ!」 引き攣った顔を浮かべる隊員たちの前を、縄で簀巻きにされた激が引きずられていく。体全身で海老反りになりながら最後の抵抗をしていた。 その先にあるのは、零武隊の最高兵器、大霊砲。 期待に目を輝かせた四人の子供たちが、その前で体育座りで待っている。 蘭は近くまで来ると激を軽々持ち上げて、銃口に頭から押し込んだ。必死の抵抗する彼を、最後は刀の鞘でぐっと駄目押しをした。 「助けてぇぇぇ―――っ」 反響して聞こえる、細い、かすかな悲鳴。 丸木戸は色々と耐え切れず上官の元に駆け寄った。 「た、た、大佐ぁ。 大霊砲の銃弾じゃ、その、月までは少し無理があるんじゃないすかね? 空気抵抗とかもありますし、結構遠いですよ、月って」 「ん? そうか? では火薬の量をいつもの倍充填すればいいな」 「えーっと」 ばさばさと火薬を詰め込む上官に言える言葉が思い浮かばず――― 激はその後全治二日の怪我を負ったという。 |
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