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「……以上で、現状報告を終わります。そちらは長くかかりそうですか?」 「いや、思っていた以上に大したことはなさそうだ。一週間で戻れるだろう。休日に出仕してくれて苦労をかけた」 「大佐。 あと、一件承諾して頂きたいのですがよろしいでしょうか」 電話越しの相手の変化に、蘭は一瞬訝った。 たいてい現朗は、緊急を要する要件は早めに言う方だ。 「……給与の前借を申請したいのですが」 それはあまりに唐突な要求でさらに彼女は驚いた。 「理由はなんだ? わかっていると思うが、自分又は家人の病気、住宅等の購入、その他の三つの理由のどれかではないと申請はできないぞ」 「その他、に、あたります。 ある隊員の家族から、給与を自分のためばかりに使って、借金の返済もままならないとの連絡がありました。できれば家人に、来月分の給与を渡したいと思うのです。子供のいる家庭ですし……」 「成程。 それは、確かに問題だな。 許可しよう。三か月分まで前貸しは可能だったから、渡しておけ。隊員のほうには私からも注意しよう。 なんなら給料を必ず家人に渡るように手配してもいい」 ありがとうございます、と現朗がいう。 「誰だ?」 と。当然ながら蘭は聞き返した。部下の私生活に気を配るのも隊長たる彼女の役目だ。しかも生活が苦しくなるほどの借金とは、穏やかな話ではない。 待っていたとばかりに、現朗はにたりと口を引きつらせた。もしその顔が見えていたら、きっと彼女はこの馬鹿な質問を即座に取り下げていただろう。 「………………なんでもその隊員、五十五円の剣を買ったとか」 思わず、蘭の息が詰まる。 心拍数が一瞬で倍になった。 「しかも家族は、今月の食費もままならず今零武隊で食事しておりますよ」 「な、なぜだっ。十円は残したぞっ」 「……葵屋のツケ、いくらだったと思います?」 あ。忘れてた。 と思っても流石に口には出せない。 「しかも明日には魚屋と米屋等の支払いもあるそうですが? 三か月分お渡ししておきますよ。 それと、私も家人に給料を直接渡せるようにしておいたほうがよいと思うので。その隊員、金銭感覚と生活能力は皆無ですしねぇ。そのように取り計らっておきますが、よろしいでしょうか?」 「う、う、う、うるさいっ。 切るっ」 つーっ、と電話の途切れた音。 はらはらと心配そうに見守る天馬に、やさしく微笑んだ。 「大佐が三ヶ月分、快く持っていきなさいといっていたよ」 「どうみてもそういってたようには思えませんが……」 とにもかくにも。 日明家の家計は何とか守られたのである。 北海道の一角で、荒れ狂った大佐を抑えるために、風邪で寝込んでいたところをたたき起こされた丸木戸教授が、眠い目をこすりながら精神安定剤を調合していた――― というのは、また別の話。 |
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