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十一月十五日は、珍しく晴れていた。 冬が近いのでやはり寒いが、それでも日が照ってくると暖かくなる。 「よー。早ぇな」 「珍しく遅刻しなかったな」 激の後ろには、爆がいる。待ち合わせ場所は神社境内の裏。現朗と炎は一足早く来ていた。 現朗や炎にはぴたりとくる正装も、激と爆が着るととてつもなく似合わない。二人が着るのを面倒がったので、炎が率先して零武隊で正装のない者に仮衣装を用意させたのだ。馬子にも衣装でなんとかなると思ったが、軍服と違って全くにあっていない。 「さて。 少佐に一言嫌味でもいいますか」 「祝いの言葉だろう」 「はっはっは。どっちも同じだろぉが」 ぞろぞろと新婦の控え室に向かう。場所はすでに日明中佐から現朗が聞いていた。 神社の社殿の奥だが、式場に使われることが多いのか、参拝客や祭祀に会わないで控え室にいけるよう上手い構造になっていた。 廊下と区切る襖は、しっかりと閉じられている。普段のようにノックするわけにはいかず、現朗は抑えた声で尋ねた。 「少佐。炎、激、爆、現朗です。 ご挨拶に参りましたが、お入りしても宜しいでしょうか?」 返事は、ない。 が、中にいるのは気配でわかる。 「……あと日明中佐から言付けを預かっておりますので、よろしくなるまで廊下で待たせていただくことになりますが」 またも、ない。 ……と四人は思ったが、意外にも部屋から小さな声が聞こえた。 「入ってこい」 炎が一番に襖を開ける。 薄暗い部屋の真ん中に、台に腰掛けて彼女はいた。 「……すまん。針がまだ抜いていないので、この姿勢からは動けんのだ」 言い訳がましくつぶやくが、ほとんど誰も聞いていない。 ―――似合っていた。 冗談抜きで似合っていた。軍服の勇ましい姿しか見覚えのない部下たちには、その姿は予想の範疇を遥かに超えていた。綺麗だ、なんて月並みな言葉では足りない。こんなにも美しい人が隠れていたなんて、信じられない。というか詐欺だ。 そこへ、針子の老婆がどかどかと最後の点検に来た。 「あれまあ。お友達かい? 男の子たちばかりだねぇ」 「部下だ」 さらりと訂正するが、老婆はちっとも聞いていない。 「お友達もいってあげなさい。別嬪になったでしょう、ねえ」 「え……まあ……はい」 生返事で爆が返す。 「ほれ。皆びっくりしてるじゃない。 よし、これで針は抜けたから、動いてもいいけど。大股で歩いちゃ駄目よ。破れたら高いのよ。もうびっくりする値段でね、この前ここで式をあげた子が破っちゃったらモー大変っ。式代よりもかけはぎのほうが高くなっちゃってっ! 食べ過ぎちゃだめよ。飲みすぎなんて絶対駄目だからね。あーでも、新婚さんはノンだりするわけにはいかないわよねぇ。夜も忙しいんだし。ふふふ……。 ほら席を立つとき、席を立つときが一番危険なのっ! そこの黒い子もっ、花嫁御が立とうとしているんだから椅子を引いてあげなさいっ」 爆はあわてて椅子を言われたとおり引く。 「すまん。 ……では。あと半時間はいいのだな?」 「そうね。 じゃ、おばさんちょっと疲れたから、休んでくるわね。 本当、良い着物でやりがいがあったわー」 弾丸トークをしながら老婆は部屋をあとにする。 残された四人は互いに視線を合わして、誰かが祝いの言葉を言うのか押し付けあった。 「激。そこの刀をとってくれないか?」 「はっ……はぁ?」 つられて返事はしたものの、逆毛頭は命令の内容がわからずぱちくりと目を瞬かせる。 「……腰に刀がないと落ち着かんのだ。 なに、ちゃんとあの老婆に気づかれんように帯刀道具はそこにしまってある」 不自由な動きで指差した先には、可愛らしい茶巾袋がある。それもとれ、ということだろう。 激は動かなかった。 どころか、両手を腰についてまっすぐに上官を見据えていった。 「駄目ですよ」 「何?」 予想外の返答に、一瞬蘭は困惑する。 「なに、男の夢破壊しよーとしてんすか」 「馬鹿者っ。今日ほど狙われる日もないのだぞっ。 わけのわからんことをいってないでとっととそれを取れ」 白無垢に動きが制限されていつもの迫力がない。腹部がきつくしめられて声量も半分以下だ。 「ああ、そう、日明中佐からの伝言です。 護衛を四人送るから、刀は持たないように、と」 蘭の斜め後ろにいた炎が、口を挟んできた。 「……護衛? いらぬわ」 「伝言できかないようだったら、中佐命令だ、といい変えろといわれました。 そういうわけで、始まるまで待たせていただきます」 護衛、となると動きが動きが早い。四人は硬直が解けてすばやく用意を始めた。 爆は入り口の襖をあけて廊下と部屋の中間地点に立ち、激は入り口から周囲の状況を見回るために出て行った。炎と現朗は蘭の横につく。 刀はもてないし、実のところこの服で満足に戦える自信はない。 しぶしぶと、蘭は台に腰掛けた。 「どうしました? 晴れぬお顔ですね」 炎は嫌味を交えて尋ねる。 「……馬子にも衣装と言った奴は後で打ち首にしてやる」 「俺が代わりに斬っておきますよ。 まあ、いないでしょうが。 あなたのその姿をみて笑える人物は、よほどの人間離れしているのでしょう。本当に、お美しいです……予想外にも」 気障な言葉だが、彼が紡ぐと王者の気質があるからかそれなりに良く聞こえる。 嫌味をよく口にする彼が、すんなり褒めてくれるのも稀なことだ。 蘭は複雑な表情をしたが、決して嫌がっているようではない。 ……恥ずかしがっているのか。と、炎は気づいた。その瞬間、彼の心は大きく乱れた。蘭よりも頬を赤く染めて、平常心を取り戻すために深く呼吸をする。 ……服を変えるだけでこんなに愛くるしいなんて反則だ、と思いながら。 が。 「入りますよ。少佐ー」 軽薄な声とともに、ひょこっと男が顔を出してきた。 「あーっ! 本当に花嫁衣裳だったんですねぇ。武者鎧じゃないんだ。 うっわぁー、本当だぁー。馬子にも衣装って言うけど、馬子はやっぱ馬子ですね。鬼が白無垢着てたって、鬼は鬼っすよぉ。はっはっは。 ていうか、それ、実は花嫁衣裳型鎧とか、なんちゃって兜とかじゃないんですかぁ? すごい似合っているから、多分そうでしょ。 ああ、笑える、笑える。 ははははは―――」 ちゃき――― と、鞘から刀が抜かれる音がして。 問答無用の四本の白刃が丸木戸に迫ったことはいうまでもない。 |
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