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月夜に提灯と冗談かと思ったが、日明がどうしてもといって提灯を持たせてくれた。少佐は片づけをして見送りにはこれなかった。 「……まあ、できれば今夜のことは内密に。 あれでいて蘭さん、傷つきやすい人だから」 そりゃ嘘だろう、と同時に思いながら曖昧に返答した。 軍の宿舎までかなりの距離があるが、二人いれば逆にこの長い道のりも悪くない。 「にしても少佐にはびびったぜ。 膝抱えて丸くなってやんの」 「あのような態度をとられるとは思っていなかったな。驚いた」 「ああ。 でも、まあ、なんか中佐が心配するのもちょっとわかったかもな」 「そうか?」 「ちょっとだけだよ。だいたい、中佐くらい馬鹿強くなきゃあれだけ捻じ伏せられないだろ。あの少佐を」 「……本当に、一体どれだけ強いのだろうな」 「試してみようか?」 反応すばやく二人は同時に闇夜に飛びのいた。 地面に落ちた提灯は消え、あたりは一瞬に暗くなる。 完全に避けたつもりだった―――が、同時に二人の刀が大地に転がった。帯止めだけを一薙ぎで二人分を切り払うなど、考えられない。 考えられないことが起きた驚きを捨てて、二人は必死に状況を分析した。 足を滑らせるように移動しながら、地面に落ちた得物を探す。敵の正体はわかっている以上、銃で狙うわけにもいかない。それに攻撃を避けるためにも、刀は必須だ。 「だ、誰にもいってねぇし、言うつもりもないっすよっ。 どーしてっ!? 約束は守るべきなんじゃねぇんっすかっ!?」 「……帰り道での言動から察して、君は口が軽いようだから。 あと蘭さんに手を出しそう」 「出せるかぁぁぁぁぁぁ―――っぐは」 現朗の耳に激の必死の叫びが聞こえ、そして、気絶前のうめき声が聞こえる。 ―――先にあっちか。 ようやく見つけた刀を持ち上げ、鞘を捨て、逆刃に構えた。 「……暴行後、特定の記憶がなくなることは稀かと」 「そうだね。 でも、それは薬も技術も何も使わなかった場合だろう。 ……美味しい夕飯、本当にご馳走様。式では弁当をお礼にするよ」 声は聞こえるが、気配が一切つかめない。 殺気もないし、鼓動の音も聞こえない。 (化け物……) 冷や汗が頬を伝わる。構えていても全然勝てる気がしない。 虫の音が聞こえない。野分が吹いて、夏が去っていった。残暑で疲れた体を癒す涼しげな風は、今は、気配を撹乱するので邪魔なだけだ。 まろやかな月。 月がある。なのに、敵の姿が見えない。 (そうか) 提灯の光が強く、目がそれに慣れてしまったせいで、今視界が見えにくいことに気づいた。となると、敵は案外すぐ側にいる可能性が高い。 全身を集中させれば冷や汗が噴出す。 犬が、遠くで吼えた。 「ぐっ……」 ―――現朗の意識が一瞬その声の方に向かったとき、日明は彼の目の前で刀の鞘をみぞおちに当てていた。 二人を担いで道端に寄せ、そして薬を提灯の火で暖めてかがせる。軍では使われていない代物だが、友人が特別に譲ってくれたものだ。『記憶なくせばすむ奴を、殺そうとするな』―――とありがたい忠告をのせて。 |
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