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休憩時間が終わって戻ってきたとき、全員の机に一枚ずつ、先ほどまではなかった書類が置かれていた。 『十一月十五日 浅草橋周辺警邏実行作戦計画指令書』 内容よりも白紙部分の方が多いが、その署名は間違いなく蘭少佐のものに間違いない。彼女は午後から別の軍議が入っているとかで零武隊の駐屯所には戻ってこないはずだから、昼休みの間に緊急的に配ったのだろう。 「なんだこりゃ」 と、激は爆に言う。 「なんだろうな。これは」 返事なってない返答を返して、二人は首をかしげた。 計画書自体はさして見慣れないものではない――が。 「数ヶ月前から作戦を決めるとは珍しいな」 「何かそんな事件があったか?」 「聞いてないぜ」 「十一月十五日ってただの休日だよな。何かお祭りとかあるのかー?」 他の隊員らも不審そうに囁き合う。 日本陸軍特秘機関零武隊、扱う事件はすべて表の機関では扱えない厄介ごとばかりだ。ゆえに、いったん事件が起これば忙しくなるが、事件がないときは修行や鍛錬に精を出す以外仕事はない。実行日の予定が決まっているのは珍しい話だ。 霊的に安定感の悪い浅草周辺の見回り―――確かに目的は理解できるが、休日を潰してすべき内容ではないし、ましてやこの時期から決めておくべき作戦でもない。それも普段作戦を前もって伝えることのない少佐がわざわざ時間を割いてすること自体が不自然だ。 少佐が唐突な行動を起こすときはいつも決まって悪いことばかり起こる。 「……よくない、な」 不穏な空気をひしひしと感じて、鉄男は書類を握りしめながら独りごちた。 ****** この作戦の本当の目的がわかったのは、まさにその夜であった。 「現朗、うつろぉぉ―――っ!」 盛大な声がフェードインして、ばんっ、と扉が開かれる。肩で息をつきながら入ってきたのは同室の激だ。寝台で本を読んでいた現朗は、顔だけ上げて一喝する。 「廊下を走るな。何時だと思っている」 独り者のために作られた軍人用の寮は案外規則が厳しい。ここでのいざこざが仕事の支障になると困るからだ。 現朗はいつも激の連帯責任をとらさせられて、迷惑ばかり被っている。 彼も多少はすまないと思っている節があるのか、金髪に注意されるとそれなりに反省するし改善もする。 だが、今日は違った。いつもならば少しはすまなそうな顔を見せるが、今日は全く聞いていない。肩で息をしながら、興奮気味に手に持っているものを振る。それも大声で、だ。 「そ、そんなことなんか言ってる場合じゃねえよっ。 見ろ、これっ。見ろぉ」 「聞こえる。うるさいぞ」 手には二通の手紙があった。一通は封が切られて、中身も出ている。遠目からでもわかる、招待状だ。 現朗は立ち上がってすばやい動きで受け取る。封を切ると、流麗な文字で書かれた特製の厚い和紙の招待状が出てきた。 「……少佐のか。結婚式くらい、驚くものではないだろう」 「そうじゃねえっ。日付だ、日付っ!」 一瞬。現朗の目が見開かれる。 ―――ありえない。 ありえないことを、堂々としてきた。 かつかつと廊下を叩きつけるような足音が聞こえて、それが、二人の部屋の前で止まる。同時に二人は顔を上げた。 この音が誰のものか彼らにはわかっている、馴染みの深い、炎のものだ。 「入っていいぜ」 扉が開かれると、そこには炎が険しい表情をして立っていた。 「お前も招待状、ってか?」 赤髪の男は、眉間にしわを寄せたまま無言でゆっくりと頷いた。 |
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