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思わぬ状況に、爆と天馬は唖然とした。 陸軍特秘機関研究所の正門、煉瓦で敷き詰められた美しい道の、この官舎の中で最も整備されたそこで、喧嘩が繰り広げられていた。喧嘩というべきか、戦闘というべきか微妙な境だ。刃物と銃を取り出していないが、殴り合いはじゃれあいのレベルを超えている。 中心にいた日明大佐は止めるべきか放っておくべきか考えるため、足を止めて腕を組んで見やる。体力がある以上実戦のレベルは毒丸の方がやや上だが、茶羅の状況判断力は侮れない。どちらが勝つか判断し難い。 どうしますか、といわんばかりの縋りつくような若い士官たちの視線を無視した。 一週間前、日明大佐は補佐に士官新人二人を引き連れて九州の奥地の調査へ出かけた。桜島に連なる火の山の地脈の力は、実際に行って体感しなければ理解出来ないのだ。 山を目の当たりにして、それなりに得るものはあったようで、爆と天馬はその場で無言で立ち竦んでしまった。ただ見ているだけなのに、足元から体内に熱いものが注ぎ込まれ、全身をかけ巡る。この山の、この地の持つ魂が、爆と天馬の精神を根本から揺さぶる。涙が次々に溢れて止まらなくなった。 蘭は傍の木陰でもってきた書類を読みながら、時折、若い二人の背中に目をむけた。思った以上の反応に、彼らの成長が楽しみだった。地脈を感じ易いというのは素晴らしい資質だ。 帰ってきた三人の姿を見つけて、窓から開いてわらわらと軍人が集まってきた。昼休みの時間に戻ってきたことも集合が早かった一つの要因だった。 寄って来た軍人達には、大別して二つの種類があった。 喜ぶ者と怒れる者。 それらが混在して三人を取り囲む。 得るものが多かった出張の後……にもかかわらず、陸軍特秘機関研究所は状況が一変どころか三回転半の上に捻りをいれたくらいに変わっていて、一週間で何故こうなる、と呆気にとられる若い兵士の真ん中で、日明大佐の眉間に皺が寄る。 「大佐っ。 お早いお戻りですねっ」 第一声は、茶羅。 立ち上がって駆け寄る男の首には、毒丸が巻きついて噛付いている。 「ああ、今戻った。 変わりはないか?」 「元帥府からいくつか連絡はありましたが、特には。 出迎えが遅れました、申し訳御座いません」 いや、あるだろう、なにかが絶対。 と、爆は思ったものの声が出ない。 「予定より早く着いたのだ、気に病むな」 敬愛する蘭に優しくいわれて、茶羅の心は心地よく和む。彼女が今日には帰ってくると踏んで香水をつけて待っていた。 だが後ろの毒丸は面白くない。 一つは自分が見てもらえてないこと。もう一つは、自分以外に彼女が優しくすること。 後者が、何より許せない。首を絞める腕に精一杯の力を込めた。腕に血管が浮びあがる。 と、茶羅の細い目が薄く開いた。 突然。 毒丸の顔に手を置き、潰さんばかりの勢いで握りしめる。あまりのことに声すら上げる暇がない。激痛に毒丸の顔が強張る。が、茶羅は容赦なく、そのまま掴んで地面に引き摺り落とした。 受身を取れず、しこたま顔を打ち付けて息が止まる。茶羅はその体を蹴り付けようと足を振り上げた。あまりの音に、思わず天馬と爆は駆け寄ろうと踏み出す。このままでは一方的な虐待になる。 しかし、二人の予想は外れて、毒丸は直ぐに動いた。迫ってくる茶羅の足を回転しながら避けつつ、軽やかに立ち上がって鞭を構える。新兵の二人はその反応の良さに再び度肝を抜かれた。 再び勃発する大喧嘩。 はあ、と日明大佐は息をついたが止めなかった。二人は後で叱るか、と心に決めつつ。喧嘩をするのが悪いのではなく、二人揃って技が大振りすぎるのが非常に気に食わない。 およそ隊員の半分が集まった頃、人の囲みを割って、一人の男が彼女の前に歩み出た。 炎様……と至る所で上がる歓声。 ようやく話がわかるな、と心中こっそり呟く。もとより、茶羅や毒丸にこの不自然すぎる状況の報告など、少しも期待していない。 「日明大佐。 無事のご帰還何よりです。 …………では、早速ですが、今回の合言葉、即刻変更していただきたいっ!」 額に青筋を浮かべながら、攻撃的に言い放った。 |
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