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「まったく。 どうして君は素直に出来ないのかな、こんな簡単なことを」 腕を組み、毒丸の行き先を塞いだ男はつまらなそうに言い放った。 陸軍特秘機関研究所の外へ向かう一本道。レンガで敷き詰められた、この研究所で最も綺麗な場所だ。張り付いた笑顔の男はその門の裏の影のところに立っていた。 急いでいるのに、と盛大に舌打ちして感情をあらわにするが、茶羅は笑って流す。昼飯を買いに行こうとする毒丸を敢えて待っていたのだ。こうすれば、この生意気の塊の青年といえども逃れることは出来ない。 「なんでてめーに、んなこと言われなきゃなんねーんだよっ!」 大声で叫ぶ毒丸に、茶羅は一歩近づく。 握りこぶし一つ小さな男の肩に手を置いて、顔を近づけた。形の良い唇が近づいてきて、領域を侵された毒丸は本能的に緊張が高まる。 「……へえ。 口答えかい?」 甘い花の香りが毒丸の鼻を擽った。 情報収集専門の裏方のくせに―――と毒丸は別のところに気にとられそうになる。 「う、う、う、うるせぇっ」 「どうして、良い子に、なれないのかな?」 どもる毒丸を追い詰める様にじっくり見てやれば、赤く青くと様々に変わる顔色の変化を楽しめる。 顔無し、の異名を取るだけあって、茶羅は『顔』には並々ならぬ関心がある。もはや自分の顔は存在しない。それゆえに、会った者全ての他人の『顔』は観察し続けてきた。他人の表情から感情を読むのは得意だ。 瞳が上下にかすかに震える。 それは、迷いの証。 命令に従うか否かを戸惑っている。 すなわち、この男の命令違反の前触れ。 ふわりと茶羅が距離をとったのと同時に、毒丸は咆哮をあげた。 「―――って言えるか馬鹿ゃっろぉぉぉ―――っ!」 ここ最近の鬱憤がかなり溜っていた分だけ、声は大きい。直撃を避けたが、反響して耳が痛い。茶羅は笑顔を止めて素の顔で毒丸を見やる―――冷たい、蔑む視線。 「うっわぁぁ、鳥肌立ったっ。気持ち悪いったりゃありゃしねぇっ! おめえも目ぇ輝かせてそんな言葉吐くなっ」 くわっと青年が睨む頃には、いつもの仮面を貼り付けて顔を戻す。肩を竦めてひょいと手を上に上げた。 「あーあ。 毒丸の所為でまた始めからやり直しになっちゃった」 「てめぇが気色悪ぃからだよっ!」 責任を全部押し付ける上官に、理性の箍が外れてしまった毒丸は大声で言い返す。 だか、茶羅は笑っていた。勿論、それが楽しいではないというのは長い付き合いでよく知っている。この男の性格の悪さは誰よりもわかっているつもりだ。 毒丸の読みは正しく、両手を組んで手持ち無沙汰な振りをしているが、その下でしっかり暗器を用意している。 「本当に学習能力無いね。何度目だよ。反省ついでに鞭で打たれてみる? お前の悲鳴程度じゃ勃たないけど腰砕けるくらいには痛い思いをさせてやれるけど」 「黙れ変態っ。 だいったい、確認なんかこの時点でわかってるじゃねえかっ! ちっとも訓練の意味ねえだろっ。俺は昼飯喰いに行くんだよっ、どきやがれっ」 「命令違反の上に上官にそんな口を聞くんだ。 ―――どうして、良い子に、なれないのかな?」 ぶち。 と、毒丸の脳内のどこかが切れる音がする。 この言葉。この一週間で何度聞かされたことか。腹の立つ記憶しかない。 青年から荒い怒りの気配が消えた。 目を見開き、上目遣いで静かに見上げる。 「殺られたいのか?」 純粋な殺気に中てられて、茶羅も気が高ぶっていく。 「…………殺ってみてよ」 |
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