・・・   策謀 1  ・・・ 


 壁に押し付けられた炎は、まるで標本になる蝶のようだった。
 羽を刺され、足は押さえられ、唯一動く触角が毒に侵されながらもゆっくりと上下する。
 言葉という、毒。
 それが炎の抵抗する力を奪い去る。
 現朗は両肩を押し付けたまま、顔を近づけた。
 その切れ長の目に追い詰められた炎は、首ごと視線をそらして歯を食いしばって喉の奥から小さな呻き声を漏らす。
 毒は十分に彼の体に回っている。
 だが、まだ決心がつかない。
 嫌だ、と全身が拒絶する。
 震える睫がその煩悶とする心情を表す。
 ―――だが、許されないのだ。それをしなければ、最も失いたくないものが壊される。信頼、という、大切なものが。
 息のかかる距離で現朗は静かに待っていた。その瞳には勝ち誇った光が浮ぶ。王が折れるのは、時間の問題。歓喜で震える心を必死で堪えて、決して笑わないようにと細心の注意を払った。この素晴らしい時間を、壊してしまいたくない。
 ごくり、と男の太い喉が動く。
「…………。
 ……何をされても、いい。
 だから、あいつには……。
 ……どうか―――言わないで、くれ」
一言、一言噛み締めるようにゆっくりと呟いた。震える唇から紡がれる言葉。
 ぞくぞくとする快感に負けそうになる自分を叱咤して、平静な表情を必死で作った。ばくばくと、まるで初恋の少女のように高鳴る心臓。緩くなっていた理性の箍はもうとっくに外れている。
「……へえ。
 始めにそんな言葉が出るなんて、まったく、本当に、良い躾がされていますね」
現朗が余裕げに薄く笑いながら囁いてやると、炎は悔しそうにきつく目を瞑った。
 嗜虐心をそそる表情を浮かべる男の頬に、現朗の白い手が添えられる。
 強制的に男の首を動かせば、最後の抵抗なのだろう、紅い男の燃えるような瞳が現朗を突き刺す。だが、それも男を喜ばせるだけのものでしかない。
「そんな目をしても、無駄ですよ」
炎は屈辱に耐える他なかった。