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「大佐ぁぁぁ―――っ!」 「くそっ。黒木中将が来ると知った途端逃亡しやがったっっ」 「見つけたら発煙筒で知らせろ。わかったなっ」 『おうっ』 現朗の掛け声に、百人を超える男たちの野太い声が唱和する。 全員走りながら様々な情報が交換される。 手にあるのは得意の得物。非常事態レベル4程度の対応で男達は走り回る。 零武隊の三分の二が、逃亡した上官捕獲のために出動した。予算の文句を言い始めれば一週間は語れるという伝説を持つ黒木中将の到着予定時刻まで、残り一時間半。もし上官が見つからなければとばっちりを受けるのは間違いなく部下達だ。 彼らの必死の捜索が始まる。 ***** 独身寮最上階の際奥の扉が叩かれた。 部屋の主たる真は、夜中の訪問客に驚きを隠すことが出来なかった。零武隊の独身寮は十時を過ぎれば嘘のように静かになる。彼もすでに寝巻きに着替えて、ただ窓辺に肘を置いて寝そべりながらいたずらに時間を潰していた。 初夏の暖かな夜で、十三夜の欠けた月が帝都の左上に顔を見せている。唸りを上げて帝都を吹き巻く風があまりに趣が深くて、ぼんやりとその音を味わっているうちについつい遅くなってしまった。同室の炎が遠征でいなかったせいで、こんな時間になっていることに気づかなかったのだ。窓の傍に置いてある小さなランプが部屋を僅かに照らしていた。風の咆哮とは真逆に、静かに揺らぐ炎。そろそろ寝ようかとランプに手を伸ばしたとき、部屋の戸を叩く者がいた。 聞き違いかとも思った。 この時間に訪ねてくるような相手に心当たりはいない。それにそのノックはそれほどまでに遠慮深い音だった。風がもう少し強く声を上げていれば、かき消されていただろう。 「少佐」 だが、続いて低い声が聞こえる。 真が立ち上がり部屋の扉を開けると、そこには予想通りの大男が立っていた。副官の、信頼が置ける方だ。 「鉄男、どうした。何があった? 毒丸は今度何をしでかしたんだっ」 「いえ、そのようなことは……。 夜分遅くに申し訳御座いません。今日は炎少佐が見えないということで出来れば今晩中にお渡ししたかったもので」 言いながら鉄の手が一通の書類を差し出す。 『零武隊隊員逃亡率調査結果』 こんな仕事を渡した覚えはない。ということは、彼が仕事外で調査したのだろうか。 真は受け取って一枚めくった。そこにある提言は、彼の眠気も疲れも一気に吹き飛ばすのに十分の効力を秘めていた。 つまり――― |
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