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「ひ、干菓子じゃないですか!?」 「うわぁぁぁぁひがしだぁぁ―――っ」 「お菓子だー」 川原に集まった子供の一群は、まるで小鳥のさえずりのごとく、感嘆の声を漏らした。 一人が発した言葉を隣が再び言い、輪唱する。丸木戸は落ちそうな眼鏡を何度もかけなおしてまじまじとそれを見つめており、普段高飛車な玉藻ですら目を丸くしていた。 両手にそれを持ってきた蘭は、得意顔だ。 彼女の手の包みには、なんと小判大の干菓子が十個以上ある。お菓子ですら珍しい彼らにとって、干菓子は名前は知っているが食べたことは殆どない夢の産物だ。持ってきた蘭とて食したことは一度しかない。今でも、その包み紙を大事に宝箱入れにしまっており、時折その香りをかいでは思い出しているくらいだ。 「凄いだろう。 たまには、川原でお八つを食べるのもいいだろう」 そういうと、彼女は「取れ」といった。 子分たちはわっと歓声を上げて我先にそれを掴む。取った子供からその場を離れて座りやすい位置に腰掛けて食べ始めた。 甘い甘いと声が聞こえる。 最後に残ったのは三つ。 まずは玉藻が、次に丸木戸が手に取り、最後の一個を蘭がむんずと掴んだ。 「……どうしたんです?」 流石にこのとんでもない少女に連れまわされ続けた丸木戸は、少し疑り深くなっている。干菓子を裏表とひっくり返して見つめながら低い声で尋ねた。口に入れてからでは遅いのだ。共犯にされてしまう。 「なに、盗んだものではない。きちんと店で買ったものだ。 それに此れは人助けの結果なのだ。遠慮も気後れもいらんぞっ」 友人の心情を察した蘭は、いいながら自分の分を端からゆっくりと堪能する。口に広がる甘さ、一度食べたら決して忘れられない味だ。 恐れを知らぬ玉藻は一番に食べ終わった。 「まあ、味はまあまあですね」 「そう言うな。 滅多に手に入らんのだぞ」 ふさふさの白い髪に、類まれなる美貌を持ち、高貴な育ちのこの少年のこの生意気な口調が、蘭はとにかく好きだ。玉藻も存外に蘭とは相性が合うのか、始終泥だらけの少女が傍にいても邪険にすることはない。 「でも、高いでしょう。このお店は」 「うむ。高いな」 「ひい、ふう……全員分で、十五個も。まさか小母様が貴女に買ってくれたのではありますまい」 「うむ。 そんなことは有り得ん。母上は沢庵ですら盗み食いをしたら一時間は怒る」 「……それは沢庵とともに三合のご飯をつまみ食いしたからでしょうが」 横から丸木戸の鋭い突込みが入るが、蘭は全く気にせず最後の一欠けらをじっくり味わった。 その様子に流石の丸木戸も耐えられなくなり、ぱくりと片隅をいれる。じわりと溶け出す砂糖の味に、彼ですら頬が緩んだ。 実家の父は、決して甘いものを出さない。苦い薬は無駄に食事に混入するくせに、まともなお八つを用意してくれたことはないのだ。 正月に食べた黒豆よりも甘い。蘭の話から想像していたのよりも、ずっと、ずっと甘い。 嗚呼、自分が美味しいと思ったからこそ、どうしても―――どうあっても―――皆に食べさせたかったのだろう。 私はお前たちと一心同体だ。 大人が言えば一笑したくなるような言葉も、蘭が口にすれば少年自身を強制的に呑み込む。出会った初めは、その強すぎる求心力が怖かった。それは父親と同じ匂いがしたからだ。自分が失われてしまいそうな力の気がしたからだ。 ―――だが、決定的に違う。 あの男は丸木戸が思い通りになることを望むが、蘭は対等な信頼関係を望む。一緒にいれば、いつの間にか自分も彼女と同じ様に成熟していく。信念を抱き、疑問を持ち、真と偽の見分ける目を開いて立つことが出来るようになる。あの男の思い通りの人形にはなるものか。 食べ終わってから首を上げると、殆どの子が川に入ってはしゃいでいた。魚とりをしているらしい。皆が追い立てて、蘭がそれを最後に掬い上げる。上手いものだ。服を汚したくない玉藻は彼らの輪に加わらず大石の上にすっくと立ってあたりを眺めている。 丸木戸は玉藻の所へ向かった。 「さて。どうしましょうかね」 同じく川遊びには加わらない仲間がやってくると、美少年がそう振ってきた。どうやら同じことを考えていたらしい。 「さあ、どうやって手に入れたのか判らなければ、手の打ちようがありませんねぇ。全くあの人は、やる事為す事想像を超えたことしかしませんから。 お金の関係でしたらなんとか出来ますよ」 「役人を黙らすことならば、任せて下さい」 二人とも彼女を見つめたまま低い声で囁きあう。今後の相談は纏まった。 蘭は高らかに笑いながら今取れたばかりの大物の尻尾を持ち上げて、近くにいた一番年下の子供に手渡した。まだ魚が上手く取れないその子は、手にある魚に目を丸くしている。蘭は少年を後ろから抱き上げてそのまま肩車をした。空に近くなったその子は魚を頭の上に掲げた。 一同はその大きな獲物に喜びの声をあげた。丸木戸と玉藻も、思わず叫んでいた。小さな悩みなど全て吹き飛んでしまう。 太陽の下で煌く一瞬。 闇は、すぐ真後ろまで迫っていることも気づかずに。 |
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