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「……あー。真ちゃんいないわけ?」 夜十二時になって、寝支度を始めるべき時間にもかかわらず、部屋の扉を叩く音が聞こえた。 炎は勢いよく椅子から立ち上がって開けてみたが、そこには、予想の親友ではなく生意気の代表たる毒丸がいる。 出てきたのが赤髪の先輩だとわかると、彼は遠慮ない調子で言ってきた。 「確かに、いないが?」 真ではないとわかると、もう閉めたくて仕方ない炎だったが一応返答してやる。 十二時。 真っ暗な廊下から冷たい空気が流れ込んできた。 「だよねー。炎ちゃんが人のために扉をあけてあげるなんてことするわけないよねー。 あーあ。やばいなぁー……ま、いいか。じゃあね」 「用件があるならそこの紙にでも書いて置け。今夜には帰ってくるはずだ」 「なに言ってんの。先に内容がわかってたら怒られるじゃん」 わけのわからない言い返し方をされ、一瞬先輩は顔をしかめる。 だがどうせ毒丸のことだ。どんなに説明されてもわかる気にはならないだろうし、それに、説明されたくもない。―――と、炎は心の中で結論付けて問題を捨てると、踵を返して戻ろうとしている無礼な後輩の肩に手を伸ばした。 すばやい動きで右肩をつかむと、ぴくりと毒丸がはねる。予想してなかったのだろう。 炎の機嫌を損ねたか……と不安げな表情で振り返ってみると、案外いつもどおりのお堅い表情のままだった。 「そういえば、お前、真の部下だったな?」 と、口を開く。 あまりに今更な質問に、毒丸は思わず敬語を忘れた。 「そ、そ、そうだよ。 鉄男と一緒に、副隊長やってるもん」 ………………。 大佐に蹴られたくらいの衝撃が後頭部を襲うような、そんな衝撃があった。 きょとんとした顔を見ながら、う〜む、と炎が低い声で唸るのが聞こえる。 「…………さすがは、真だな。勇気ある行動をする」 思わず本音が漏れた。 「小隊の中で実力は一番上だっての!」 むくれながら毒丸は言い返してやったが、唯我独尊を地でゆくこの男の耳には届かない。あごに手を当てて一人納得したようにしきりにうなずいている。 「性格に問題は多いからな。なるほど、だから真が、給料を最低以下に下げてむしろ返還させてやりたい副官が一匹いると切に語っていたのか。副官といえどもきちんと選ばねばな。寝てばっかりでぐうたらで命令しても面倒くせぇというような部下の方が、まあましなんだろう。 そんなことはどうでもいい。一つ尋ねたいことがある」 「どうでも良くないっ! 炎ちゃんに性格のことだけは言われたくないし、最後のほうは俺の給料に関わる大問題なんですけどー!?」 「そんな些細なことより、真は最近忙しいのか? 小隊の仕事中は」 「…………。 えー、そんなことないけれど。いつも通り忙しいって感じかな。人数多いから、うち」 「そうか」 「何かあったの?」 「……いや…………」 ものごとをはっきり言うことの多い先輩にしては珍しく、明後日の方向に視線を這わせている。その顔に、察しのいい青年はぴんと来た。 にひひと特有の笑みを浮かべる。 「何かあったんだぁー。 しゃぁーねーなー。酒奢ってくれたら談話室で付き合ってやってもいいぜ? どーせベットの下とか神棚とかにお酒あるんでしょ? おじゃましまーす」 「お、おい。ちょっと待てっ」 毒丸はいつものようにごり押しで決めてしまうと、さっと部屋に入り込んで酒を探し始める。炎は口では制止しながらも足を動かさない。 結局彼は奥の奥から一升瓶を一本見つけ出して、満足げにそれを見せた。 ―――隠す必要は、ない。そうだ。ないはずだ。 炎も決心を固めたのだった。 |
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