始まりの夜 着衣 闇夜 反転 口争
 ・・・  着衣  ・・・ 


 「お前の意見を参考して、今日は服を着用したままで致そうと思う」
 二人の部屋の、穏やかな時間。
 夕暮れに染まる街並みを感傷深げに見ていた現朗が突然言った。
 日明大佐が危険動物を逃がしてしまい、その捜索のため零武隊隊員は全員就業時間前に帰宅することになった。こういう事件の後処理には隊員全員駆り出されるのが常なのだが、今回は丸木戸と蘭が悪戯を仕組んだのが失敗した上にそれが雄山元帥にばれたので隊員はその通常任務外時間外勤務の難から逃れたのである。
 そのため、夕食前に寮に戻ることが出来た。
 いきなりできた久々の休暇に、激は本を読んで時間をつぶしていた。
 『西洋料理辞典』。
 始めは毒丸が読んでいて、それを美味しそうだからと大佐が取り上げ、飽きたと鉄男に押し付けたので、結局今は激のところで落ち着いている。料理に関してはかなりの腕のある彼は、材料と文字の羅列から味を再構築してにやにやとしていた。
 これは旨そうだなぁ……絶対……
 などと至福の気持ちに居たからこそ、同室の彼の言葉には始め全く気に取られなかった。
「あ? ああ。そう」
適当に相槌を打ってページを捲る。
 現朗は肯定の返事をとると、さっと立ち上がった。いそいそと布団を敷き始める。しかも二段重ねだ。布団の上でしないと腰を痛めるだろう、という優しい心遣いだ。
 が、それを見た激の顔色は一気に変化した。

 まさか。
 まさか、こいつ、この夕飯前からやろうってのかっ!?

「お、おいおいおいおい。布団敷くなんてちょっと早すぎるんじゃねえか?」
「何をいう。軍人は体が資本だ。畳で関節を痛めたらどうするのだ」
違うっ! そういう返答を期待しているんじゃねえっ!
 と、その感情は飲み込む。熱くなったら負けだ。確かに普段から頭が良いとは思っていたが、情交前の彼の頭のよさはもはや人外魔境に片足を突っ込んでいるきらいがある。あれよあれよという間に恋人のペースに嵌められて、いつのまにか布団の上で乱れてしまう自分がいる。
「いや、おまえ、まさか今から……なんて……あははは……言わないよな?
 なぁ?」
最後は上目遣いまで使って必死に金髪におねだりしてみるが、効果はなし。
「よし」
何も良くない激の腕を掴むと、信じられない力で引きずってばすんと布団の上に置いた。
 成る程二重重ね敷布団の間に掛け布団を挟むという非常に凝った仕様で、痛くは無い。
 激は彼の動きを注意深く目で追いながら、服の前を両手でしっかり握った。脱がされたら終わりだ。絶対脱がされるものか。犯られてまるかぁっ。
 拒否の意思のつもりでそんな行動をとってみたのだが、現朗は少しも気にせず彼の元にしゃがんで顔を近づけた。激が自分の顔に弱いのは調査済みだ。
「だってほら、ほら、食事に遅れるとさ」
「今夜は外食にしよう」
「まだ横起きている時間だし」
「大丈夫だ。いつもそうだ」
「まだ、明るい……」
「だから。
 ……服を着て、するのだろう?」
淀みなく返答しながら、同様に流暢な動きで現朗は激の上にのしかかる。
 しばらくは腹筋で耐えていたが、それも長くは続きそうにはない。
 現朗はぺろりと口の端をなめて、手をのばした。軍手のまま激の頬に触ると、慣れぬ感触にびくりと怯えた反応を返す。
「接吻、してもいいか?」
親指で円を書きながら催促すると、ややして、こくりとうなずいた。
 接吻だけなら―――
 なんて、甘い考えが一瞬だけ彼を掠めたせいだ。
 許しをもらった金髪は、意気揚々と唇を重ねる。
 両手を背中に回して全体重をかけると、自然、激も布団の中に体を沈めた。
 舌を絡めながら、現朗は激に自分の体をこすり付ける。
 朦朧とした頭の中のどこかで盛大な警戒音がなっているのだが、残念なことに彼は今別の感情で一杯一杯だ。

 現朗が。きれいで。かっこよくて。キスして。気持ちがいい。

 早鐘のように打つ心臓の音が、耳の中で響いている。
 と。
「っっん……っん!」
口内の感触を最大限味わっている彼に、突然、服の胸部が開かれた。近頃暑かったので、軍服の上着の下には何も着ていない。
 現朗は唇を離した。
 にやり、と微笑むその顔に嫌な予感は覚えたが、口でふさがれている間に酸欠気味だった彼には、反撃する暇がなかった。
 いつも使う手袋のまま、激の胸元に慎ましく眠っている突起に狙いを定めた。
「はぁっ」
予想以上の反応が形のよい唇から零れる。
 柔らかな人肌ではなく、荒い布の織はすぐにそこを揺さぶり起こした。
「ただ触っているだけなのに……随分良いじゃねえか」
情事の時にしか聞けない彼の荒い口調が耳に落ちると、ぞわりと粟立つ。
 目に半分涙をためながらいやいやと首を振るが、息が荒くて言葉にできない。激の反応を確かめながら、現朗は狙いをさらに下に移した。
 ベルトのないズボンにするりと手が入る。直に触ってやると、堪えきれず激も悲鳴をあげた。
「……やめ……よご……れ……から」
「じゃあ我慢するんだな」



 「どうだ。服着用のままで『上はきちんとしているのに下はもうぐちゃぐちゃ』というシチュエーションは楽しいだろう。背徳感ってのはつつけばつつくほど素晴らしいものだ。
 まあ確かに軍服だからこのまま行けばイメクラも不可能ではないんだが、日本陸軍の現状を知り尽くしている俺らにはイメージが膨らまないので楽しさがいまいちでな」
 十一時十二分十四秒―――
 恋人の言ったその台詞を聞きながら、胸で誓った。

 こいつには一遍分からせねえと、俺が死ぬ。

 そしてそのきっちり七時間後の翌朝六時十二分十四秒の時、彼は恋人に一週間のさわり禁止を言い渡したのである。