始まりの夜 着衣 闇夜 反転 口争
 ・・・  始まりの夜  ・・・ 

<前文>
 現朗と激は付き合い始めて一週間の熱々カップル(古)。
 昼になれば一つの弁当を二人で分け合い、廊下で会えば頬を染め合いながら小声で会話し、休憩室では睦まじく肩を寄せ合う等等、見ている第三者らにとっては槍や鉄砲を投げつけたくなるような微笑ましい光景が零武隊に出現するようになった。
 そして彼らの上司は鬱陶しさのあまりに本当に刀を飛ばしたが、刀は二人の間を裂く直前に愛のオーラ(=邪魔する奴は殺すという約一名からの殺気)に跳ね返されてしまい、新たな伝説が一つ築かれたがそれは別の話である。
 なにはともあれ二人は付き合い始め、肉体関係も持った。
 そして体の重ねあいを経ることによって二人の愛は深まり、同時に、二人の間に深い溝が生まれたのであった。


<本文>
 「い、い、いい加減、こ、こっ恥ずかしいんだよっ!
 こういうことはやめろっつってんだろっ」
愛人(恋人)の激がいきなりそういったので、現朗は首を約三十度傾けた。
 ……今、彼は何を言ったのだろうか。
 視線を動かして目の前の男の状態をもう一度確認してみる。髪を垂らし、白くて弱そうな首筋を見せ、そして日に焼けた彼の肌が胸板、下半身と続く。臍の周辺には先ほど付けたばかりの痕を見つけて、にやりと口元だけで微笑んだ。
「人の話を聞けっ! ど、どこ見てるんだおめーっ」
膝をあわてて閉じ股間に手を添えながら叫ぶと、むっと金髪は嫌そうな表情をする。せっかく鑑賞中だったのに、隠すとはなにごとだ―――という不満がありありと聞こえてきそうだ。
「どこもかしこも。
 恥ずかしいとはなんだ。今更この状況下で何を言っているんだ」
確かに彼の言う通り、一つの布団の上で二人は裸で、激を覆いかぶさるように現朗が四つん這いになっている。
 今から、さあ頂きましょうというその直前だ。
 ぎっと垂れ目が睨みつけた。
「だ、だから、よ。
 灯り消せっていつもいってんじゃねえかっ! さっきも言っただろっ。なのに、なんでいつもいつもいつも明かり全快のままでこういうことすんだよっ」
下から睨まれるとくるんだよな……
 などと今考えたことは激には永遠の秘密にしようと誓いながら、金髪はわざと真面目な表情を作って窘めるように言った。
「暗いと出来ないだろう。身を任せているばかりのお前と違って、俺はいろいろ考えて行っているんだぞ。無茶を言うな」
「嘘つけぇぇぇっ!
 おまえこの前外でもやろうとしたじゃねーかっ。真っ暗闇だったろぉがっ!」
と、即否定される。
 ばれたか。
 舌打ちが聞こえて、激の顔がますます引きつった。
 ……やっぱこの野郎ぉ、わざと俺の意見を聞かなかったなぁぁ
 だが舌打ちなんかをしながらも、同時進行でよく切れると名高い脳をフル回転させて次の手を考えるのは忘れない。勿論恋人の意見―――つまり、灯りを消して致す―――を採用するというのも手だが、折角の愛撫の時間くらいじっくり顔を見てやりたいものだ。

 これは説得するよりも強請る方が得だな。

 ちゃきーんとはじき出された答えを、躊躇いなく実行に移した。
 あごを引き、上目遣いで黒髪をじっと見つめる。あえて、何も言わない。表情を変えるのは得意ではないので、下から見れば困ったように見えるという人間の特性を利用した。情に訴えればちょろいものよ。
 うっ。
 案の定、相手は困ったように息を呑む。
 だが、現朗の思惑は外れて、激は頷かなかった。
「そ、そんな目で見たって……駄目だからなっ。
 今日は月だって出てんだ。明かり消すぞっ」
全体重かけて圧しかかる男を手でのけて、するりと身を逃そうとする。
 しかし、現朗とてここでおめおめと逃してやるつもりはない。押しのけるその手を掴んだ。
 聞き分けのない恋人に、激は眉根をしかめる。
「消すな」
「消す」
「何故だ。明かりがついて問題があるのか?」
「は、恥ずかしいからに決まってんだろっ! お前が見るから嫌なんだよっ」
「俺が見ると嫌なのかっ?」
「それは……その、恥ずかしいから嫌なんだよ。俺、別に女じゃねえし、その、顔可愛いわけじゃねえし、傷だって多いし……萎えるだろ……い、いろいろと……と……」

「俺は、お前より綺麗な人を見たことがない」

その一言に彼の顔が一気に朱に染まる。
 ぱくぱくと過呼吸のように口を動かして、それから、ふいっと横に向いてしまった。
「なんでそー恥ずかしいことばかり言うんだよ……」
声にいつもの覇気がない。

 いける。このままいける。

 成功を確信して、現朗は掴んでいる男の手を包むように撫で始めた。同時に反対の手でも体の愛撫を再開する。抵抗は見せないが顔をこちらには向けない。可愛い耳に顔を近づけて、そして、再び囁いた。
「綺麗だよ。激。こちらを向いて」
「…………消せって……いってんのに」
「そんな勿体無いことが出来るか」


<後文>
 朝日が昇る。
 爽やかな表情の激が、現朗の頬をつんつんとつついて起こした。満面の笑みで寝ぼけ眼の彼の耳にそっと囁く。

「三日間俺に触るな」

その一言に、全ての眠気が吹き飛んだ。寝起きは非常に悪いと履歴書にすら書かれる彼が、生まれて初めて飛び起きたのである。
「はぁぁぁっ!?
 な、な、なんだそれはっ」
「あっはっはっはっはっはっはっはっは。
 自分の昨夜した所業を思い出せこの莫迦野郎」
「なんだとっ!?
 善がって縋りついて啼いて喜んで何度もイって頬を赤らめながら半泣きでおねだりして俺を喜んで受け入れるまで初心者のお前を淫らな牝犬までにエスコートをしたノーマル・アブノーマルを一通りこなし神の右手とまで呼ばれたこの技量の何が不満だっ!?」
「そこだぁぁぁぁぁ―――ぁぁっ!」
激の右の拳が爽やかに鳩尾に決まり、飛び起きた現朗は同様の速さで再び眠りについたのであった。