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汽車の中にはすでに顔ぶれがそろっていた。実は丸木戸は三人を呼びに出たのだが、目的を果たす前に大佐が来てしまったのだ。だいたい彼の外出には用意に時間がかかりすぎる。 帝都からここまでは普通の夜汽車を使ったが、この駅で特別汽車に乗り換える。すでに、夜汽車にあった武器の類は全部積み終わっていた。この車両は除雪車と通常の貨物を一両加えた特別な編成だ。 その貨物の部分に乗り込んで、七人は真剣な目で大佐を見ていた。 「今より今回の作戦を説明する。 しっかり頭に叩き込んでおけ。 資料の地図で赤く罰印がかかれたところが、雪男の目撃情報またはそれに殺されたとみられる遺体のあった場所である。雪男、というが、カミヨミの姫の話では冥府のものにのっとられた熊の遺体である可能性が高いそうだ。五メートルもある相当な巨体の熊だ」 五メートル。 二階建て相当だな、と現朗がぼやくと、だいたいそれは熊かよ、と激が小声でつっこみをいれる。 「罰印が囲む中に、山小屋がある。ちょうどこの線路の途中から数キロしかない地点だ。そこを拠点に奴の動向を追う。 なお、やつは吹雪いているときにしか姿を見せない。戦闘は吹雪の中のものとなるから、覚悟しておけ。 荷物は各自配分したとおりに運べ。丸木戸教授は何も持つな。とにかく今日山小屋までは一緒に歩いて来い。なんとしてでも来い。貴様を負ぶってやる余裕もゆとりも無い」 「はいはい。 どーせお荷物ですから」 「今の時点では使い物にならんだけだ。 現朗。霊銃を任せる。もし山小屋に着くまでに奴に出会うことがあったら、私とお前で防ぐことになる。わかったな」 「はっ」 霊銃。 零武隊が所有する妖に効力のある数少ない武器の一つだ。 もっぱら現朗に任されることが多く、毒丸はいまだにみたことが無い。彼の目の前で大佐は現朗に銃を手渡した。一見なんてことの無い猟銃のような形をしている。だが独特な模様が、墨でかかれたように浮かび上がっている。 聞こえるように舌打ちをした。 現朗は一瞥をくれるだけで、何も言わない。不穏な空気を蘭も感じないわけではなかったが、黙殺した。 「予定では四時間後に到着。ここが寒い場合は機関車両にいって体を暖めろ。 あと食事は今のうちに済ませておくように。水は飲みすぎるな。これから厳しくなる。よく休んでおけ」 言うだけいって、彼女の定位置に戻った。 車両の端に荷物が積んであるところにいき、どかりと座り込む。刀を帯から外し、片手に持ったまま眠り始めた。彼女が一番リラックスできる姿勢なのらしい。隊員たちはおのおの計画書をよく読みこむ。 寝ることはもうできそうにない。 東京からここまでずっと眠っていたのだ。或る者は外の景色を眺め、或る者は自分の得物を磨いている。現朗も床に座ると、隅にあった箱をもってきて台にして、貰った霊銃を丁寧に点検をしていた。 「……見せ付けちゃって。 自分だけが大佐のお気に入りとか勘違いしてねー?」 と、上から声が降ってきた。 顔をあげず返事を返す。 「お前はこれを使ったことが無いのだろう? 一番使用している人間に武器を渡すのは、妥当な判断だと思えるが」 「エリート様しか触れないそーですからねぇ。 でもさぁ、使ったことが無いだけで、どちらが上手いとかは別の話じゃない?」 「それは……そうかもな」 銃の手入れをする手をとめず、現朗は適当な返事を返す。相手にはしない、ということだ。それが余計に毒丸の癪に障る。 がんっ。 と、箱をけりつけた。 周囲の隊員たちは飛び起き、遠巻きに囲む。丸木戸は機関車両に逃げ込んだ。激は二人の間に割ってはいると、毒丸のほうに向き直った。 両手をポケットに突っ込んで、ものすごく不機嫌そうな顔を先輩にむける。口をへの字に曲げて、何もいおうとはしない。 沈黙が長く続いた。 「馬鹿にすんな」 人が乗る車両ではないからよく揺れるし、轟音がする。自然、毒丸のいった小さな言葉は、誰にも聞き取れなかった。 くるりと踵を返すと、どかりと端に座った。 周囲はほっと胸を撫で下ろして、思い思いの行動に戻る。激は注意深く毒丸を見つめながら、後ろ向きに歩んで壁に背をつけて座った。彼がもし攻撃に移ったら、即座に倒すためだ。現朗よりも激のほうが、人を殺さないで倒す方法には慣れている。そこに炎が近寄ってきて、何も言わないまま横に座り込んだ。 「どうしたんだ? 新入り」 「反抗期……ってかんじだな。 さっきオトーサンの現朗君にびしっと言われて拗ねてるんだ。アイツ。ここにはオカーサンの鉄男がいないだろ?」 「ほう。ガキだな」 「しかたねぇって。 お前みたいに誰もが自分本位では生きていけないのよ。 ……でも少し確執があるようだから、頼むから揉め事大きくするなよ。炎」 「俺が揉め事を大きくした覚えは無いぞ。 にしても、今回の遠征は気が引ける。……冬山は恐ろしい。それも吹雪の中だけしか現れない奴など……」 炎はつぶやいて、窓を見た。 ようやく夜明けが始まって、しかも晴れてきたようだ。 雪をもたらす鉛色の雲が、恐ろしい速さで駆け巡る。雲と雲の合間を縫って顔を見せる空は、明けの僥倖が差し込んで何万色が交じり合った末の藍色―――なんとも表現したいのだが、ただそういうしかできない―――に染まっている。 だがこの穏やかな時間がただのつかぬ間のものだということはわかっている。冬の空は、一瞬で顔を変えるのだ。それは厄介などという生易しいものではなく、死を覚える恐ろしい豹変ぶりだ。 ***** 汽車が予定場所到着したときも、ちょうど山の怒りは収まっていて、非常にスムーズに山小屋まで荷物を運ぶことができた。これは、あとから考えれば本当に不幸中の幸いだった。悪夢のような遠征の中で、運命はこの時だけ天使の顔を見せていた。 体力の無い丸木戸は、結局最後蘭に背負ってもらって無事に到着できた。橇を二つ運び荷を降ろすと、蘭と数名はまた荷物を取ってくるために汽車に戻り、残りは山小屋に残って準備を始めた。まず、相手が冥府のものであることがわかっている以上、結界は必須だ。丸木戸の指導の下、結界を幾重にも張り巡らせる。それから食糧を確保し、暖をとる。この手の山小屋にしてはずいぶん広いもので、いろりが中央にあり、二段ベッドが一つ壁に設置してあった。 その上のベッドの上で、丸木戸が丸くなってぐずぐず呻いているのをつつきながら毒丸は時間を潰していた。 「きょーじゅー。俺も霊銃ほしいですよぉ。作ってくださいよぉー」 「駄目。今寒いから駄目」 「っちぇ。こんなに暖をとっていて寒いなんて、あんた日本人じゃないよ。ていうか人間じゃないよ」 「哺乳類じゃなくてもいいもん。変温動物でいいんだもん。 ……それにね、毒丸。霊的な武器は僕の分野じゃないから頼んだって無理。あったかいコートなら作ってあげられそうだけどね。 毛糸の靴下とか。いいよぉ。これ」 ひょいっと丸木戸が布団から出した足には、かわいらしい桃色の毛糸の靴下が乗っている。 「ずり。誰に作ってもらったんですか」 「三人前のときに三人いたうちの彼女の一人。毛糸の帽子もお手製だよ。とっくに別れたけどちょっと勿体無かったね。今考えると」 「……女に恨まれて死にますよ、あんた」 外が騒がしくなった。 毒丸は寝台から飛び降りて、戸口をあけると、どっと人が入り込んでくる。橇の荷を山小屋に移すと、それだけでいっぱいになってしまった。 「今は天気がいい。 今のうちに作戦に入るぞ。今から十五分後に戸口のところに集合しろ」 大佐は山小屋には入らず、外から声をかけた。 丸木戸と毒丸は留守番組で、この中で待っていなければならない。毒丸にとっては大いに不服な割り当てだが、上官が名指しで指名したのだ。彼女はさっきの諍いを聞いていて、毒丸を今使うのはよくはないと判断を下していた。 準備が済んだ隊員から外に出て、橇に目印の旗を乗せた。今から、ここ一帯の地理を確認しに行き、そして罠を張る。吹雪がないうちにすませなければならない。蘭は号令をかけると、さっさと引き連れていってしまった。 「じゃあ教授。俺たちも無線作りにとりかかりますか」 留守番組の仕事は二つ。 無線作り。 昼飯作り。 「えー寒いよぉ。一人でやってよー」 ぐずって布団から顔をださない丸木戸を寝台から叩き落し、二人は仕事にとりかかるのだった。 |
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