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蘭が職場復帰を果たしたのは三日後で、丸木戸はさらに三日を要した。かかった日数=傷の回復具合、ということだ。 復帰後、彼女は一見外観には変化がなかった。 反省した様子もなく、いつもどおりだった。 ただ、一点を除いて。 「た・い・さぁ〜。 今日のおやつはあんころ餅っすよ」 「い……いらぬっ」 激は、ぐいぐいと嫌がる上官の腕をつかんで引っ張る。普段なら弾き飛ばすことも可能なのだが、今は力が入らず引っ張られるままに連れ込まれてしまう。 陸軍特秘機関研究所の中央部にある隊員用の休憩室。 割り当てられた休憩時間はあまり長くないので、ほとんどの隊員がここで休息をとる。 「おやつはいらん〜っ! いらんから離せ〜っっ」 「なに言ってんすかー。 今日のは炎がわざわざ朝から並んで買ってきた、行列のできる八百屋のあんころ餅ですよ。大佐が食べなきゃ勿体無い」 「貴様ら仕事をせんかぁぁぁぁぁっ!」 激は蘭をなだめすかしながら、休憩室の一席に座らせようと試みる。 その席の周りには、楽しそうに状況を見ている炎や爆などの隊員数名が座り、そして多くの隊員が遠巻きにぐるりと取り囲んでいる。これが、ここ最近の零武隊の三時の名物だった。 蘭の目の前にはあんころ餅が用意された席がある。紙のように真っ白な彼女の顔に、だらだらと冷や汗が流れ落ちた。 席の眼前まで来るとさすがに逃げ切れそうにない。 さらっと、誰かの手が蘭の腰に触れた。 「ぐっ!」 一瞬、体が飛び跳ねるかのように痙攣する。 普段なら鉄拳制裁モノだが、今の彼女には反撃が出来ない。 「座って」 「……………………貴様らぁ〜」 日明は結局、二人に『お尻百叩き』とかいう恐ろしくかわいい語調の、恐ろしい処罰を下したのである(丸木戸は三十叩き)。手加減なしの日明の一発は、鞭の威力を軽く凌駕する。腰から下肢にかけて真っ赤―――などという甘いレベルではない。 立っていても鈍痛。触れるだけでも激痛。座ったり、尻餅をついたりしたらどのような反応が起きるのか、考えるだけでも身が震える。 振り返ると、激のひょうきんな顔がある。 だが、目に浮かぶ色は真剣そのものだ。逃がしてくれるわけがない。 そもそも、彼女が率いる零武隊の隊員だ。常識は勿論、良識も優しさも思いやりも通常人が有する量より少ない。人格者はこの部隊には入ったりはしないのだ。 しかも今回の事件の顛末は現朗と激から皆聞かされている。いったい誰が大佐に同情するだろうが? 「っく」 この場から逃げ出せるような、良い手段を必死に探した。が、ない。どんなに検討しても結果は同じだ。自分の部下の実力は彼女が一番良く知っている。 覚悟を決めた。 椅子を引き、ごくりと生唾を飲む。 息を深く吸い、腹に溜めた。 「―――〜〜っつぅ!」 椅子に座った瞬間に、脳天まで突き刺さるとんでもない激痛。 三日過ぎてもまったくひきはしない。 目じりに涙がたまり、痛みで声は出ない。 激はぱちり、と写真に撮っていたが、それを文句いう気も起きない。 「美味しいぞ」 と、爆が最後の一つが入った箱ごと差し出した。 むんずと受け取って、ばくばくと頬張る。 座っている間中痛みが続くので、彼女は言葉をいわない。喉に半分詰まらせ、お茶で流し込む。案外大きなあんころ餅だ。目を白黒させて顔を真っ赤にする、その様子がまた失笑を誘う。 ごくり、と最後の嚥下をすると同時に立ち上がった。 「食ったぞっ!」 炎が、横から箱を取り出した。 そこには、あんころ餅がまた一つ。 「大佐、一人二個です」 ぶちっ。 と、爽やかに彼女の限界を越え。 「黙れぇぇぇ―――ぇっ!」 かくして、零武隊の恒例行事たる『隊員入り乱れ殴り合い大会』の幕が切って落とされたのである。 |
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