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「あー。なんか思った以上に我慢強いですね。激」 「そーなのか?」 「いやなんかまだ現朗にばれてないみたいですよ。 それにまだ話せるようだし。 ギンギンなはずなんだけどなぁ。あの量一気飲みしたら」 「しかし……勃ってるな。完全に」 大画面で見ながら、二人は冷静に評価を加える。 ゆったりとソファで寛ぎながら、蘭はさらりと長い髪をかきあげた。 「三分以内にばれるに1円」 「じゃあ三分以上に1円」 丸木戸は金時計の蓋を開けて一瞥する。 「……そんなにあれが長く持つとは思えませんけどねぇ」 「人間死ぬ気でやればなんとかなるぞ」 「僕の薬、侮っているでしょう」 二人がいるのは実は隣の部屋なのだ。 第三資料室兼控え室で、珈琲やお茶を入れる器具はここにある。壁には資料の棚が並び、ぼろぼろのソファと机がおいてある。今机の上には、横一メートル、縦60センチメートルの丸木戸特製映像上映機が置いてあった。かなり大きな機械で、机を全部占領してしまう。 その画面に映っているのは、蘭の部屋に設置した撮影機が捕らえた様子だ。撮影機の情報を、原版ではなく画像というまったく別なものに移すという技術はまだ帝国にはない。舶来の知識をもとに、丸木戸がつくったのだ。 ただ、撮影機と映像上映機の間には電線が必要なため、そう距離は取れない。また、まだ音声を拾う技術がないのが問題だった。 「おっ。現朗がなんか気づいたぞ」 「二分十四秒、俺の勝ちですね。 つーか。激が暴走してくれないと、面白くないんですよねぇ。全然」 「そうだな。このままじゃ現朗はただの通りすがりで終わってしまうな」 見れば激がどうなっているのかようやく気づいたようで、身を離し、すこしあわてている様子である。 激は半泣きだ。 股間に手を置き、何か言っている。 長く我慢させられ続けて、辛いことこの上ない。それでも我慢しているのは彼なりの意地なのだろう。仕事場の、しかも上官の部屋の中で致すなんてありえない。 丸木戸はすこし疑問を覚える。現朗のあわて方が妙に不自然だ。 やっぱ音がほしいなぁ……。 と、彼の頭は新たな発明品の計画にとりかかっていた。 一方蘭は蘭で、画面を食い入るようにしてみている。サディスト的な笑みを浮かべて、手元の珈琲を一口飲んだ。 「……まあ、あののらりくらりとしたやつが、こんな表情をしたというだけでも面白いがな。 くくくくく。部屋の隅で丸くなって、すすり泣いているわ」 「大佐ひでーなー」 実況中継をする彼女は、どうやらこれでかなり満足らしい。ご満悦といた表情を浮かべている。 画面の中で、現朗があわてた様子で扉に駆け寄った。 どうやら、外から来訪者が来たらしい。 蘭と丸木戸は首をかしげた。この時間軍にいる者はいないはずだし、現朗が激に襲われやすいように、極力人が入らないように準備をしておいたはずだ。もちろん中華街の一件も彼らの策略の一つで、激を絡んだのはただの地元人である。金を払って一発殴られてもらったのだ。 現朗はしばらく話したあと、鍵をはずして中に招き入れた。 その顔をみた瞬間、和やかな空気は一転して凍てついた。 ―――日明、蘭の夫だ。 画質だけは異様にいい。彼の表情の変化が隈なく見える。そっと震える手で、彼女はカップを机に戻した。 「や、やば……そうですね」 「き……気づくわけがない。 ……たぶん」 普通に考えれば気づくはずがない。―――普通、であるならば。 日明は激を持ち上げてソファに横たわらせる。それから、近くのカップのにおいをかいだ。そして、部屋をぐるぐると巡り始めた。明らかに撮影機には気づいている様子で、カメラ目線で画面越しに蘭と丸木戸を穿つ。 三週目にかかる直前で、足が止まった。 ばきっ 厚さ20センチメートルはある壁をいきなり蹴りで破壊して、なんと二人のいる部屋とそこをつなげたのだ。二人は椅子から跳ね上がって、扉に駆け寄ろうとした。 「大佐ぁぁぁぁぁ―――っ!」 珍しく現朗が激昂している。 「……やっぱり」 はぁ、と日明は大げさにため息をついた。 蘭が真っ青になって対峙しながら、数歩後じさる。丸木戸にいたっては逃げ腰で扉に向かっているが、腰が抜けて動けない。 「じ、じゃあ大佐。この件はこのくらいで。 これで映像上映機の運転テストおしまいにしますねー」 「あ、あ、ああ。わかった。 今度また見せてくれ。すごいものだな」 「いやぁそう言って下さると作ったかいがあります」 言葉を紡いで誤魔化そうとするが、誤魔化せてないのは明白だ。 「……なんで蘭さん。 丸木戸君と絡むと、悪戯ばかりするのかなぁ」 尋ねているわけではないのだろう。独り言を口でぼやきながら、かつかつと資料室の扉の方へいきながらとりあえず丸木戸の腰を踏みつけた。 逃げ道は塞がれてしまった。 「丸木戸君久しぶり。結婚式でぼこられて以来元気にしてた?」 笑顔で温和な表情だが、有無を言わせない。 「は、はあ。まあそれなりには」 「中和剤とかはあるのかい? 蘭さん」 「……なんのことだ?」 冷たい目で蘭が返す。追い詰められた狼の見せる、強い光だ。 「丸木戸君?」 日明は矛先を変えた。 びくっと体が揺れるのが足から伝わってくる。彼はあわてて、ポケットから薬瓶を取り出した。 「えーっと。市販のものでして、別に、中和剤とかないんです。 中毒性もないし……」 「そう。よく効くみたいだけどね。 何時間分盛った?」 「まあ二時間……一回戦くらいですかねー…………ぐはっ」 死亡者一名。 南無、と蘭は心の中で手を合わせる。遠目からみても、あれはかなり痛い。 「ちょっと寝てね。 現朗君、悪いけど今日は全面的に零武隊の指揮を任せる。 あと俺の部隊にも連絡しておいてくれ」 「拝承しました。 お二人は体調を崩したので遅刻する、と報告いたします。この部屋の修理は業者に連絡をつけておきます」 日明は聞きながら丸木戸と激を抱えあげて、それから彼女に来るよう目で合図した。 一瞬渋ったが、反駁の余地がない。 堂々と不機嫌を撒き散らしながら部屋から出て行った。 |
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