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要はお目付け役がいなくなったわけで。 要は半分休暇になったわけで。 「うぉっほーいっ!」 ……要は、全て自分にとって都合がよくなったことに気づいたのは、数分後だった。 珈琲を一気に飲み干す。 疲れた頭はどこへやら、一気に報告書を書き上げていると現朗が入ってきた。筆の進みはいいし、体がすこし熱い。 「激? 大佐は」 「いきなり出張はいってさ。 で、今日自主訓練。あと俺とお前で、中将らが十一時に来るのに対応してほしいって」 「俺と……………… ……………………」 と、その口の形のままで現朗の秀麗な顔が硬直した。 暫くして、ごくりと生唾を飲む音が聞える。 「…………………… ……………………おまえが、か?」 「てめぇ」 低い声で激はぼやいた。悪いことに、親友は本気なのだ。これが嫌味とかではないから余計に腹が立つ。 「……ったく、まあ珈琲でも飲もうぜ。朝食ってないから腹減った」 「そうだと思って、朝食をつめてきたぞ。 なるほど、また喧嘩か」 「まあな。でも、この前のちょっと変な奴らが、本当に海軍だったらしい」 現朗は『横浜区中華街暴行事件』と銘打ってある報告書をとりあげながらソファに激の隣に座った。内容はよくある不祥事についての文面で、事件の場所と相手の負傷状況、原因が書いてあった。 負傷者の名前は五人。 一人だけやや重傷のようだ。 「刃傷沙汰にでもなったのか?」 これといってたいした内容で無いのに気になって、激に尋ねる。 一方激は、まったく別の物思いにとらわれていた。体が熱くて、ペンが手につかない。ソファから立って上着を脱ぐ。それでも足りず、机の後ろにある窓を全開にした。 初夏の名残の、暑い日ざしがと涼やかな風が飛込んできた。 「激? どうした」 「い、いや、なんでっも」 ソファの後ろに立って現朗を眺める。 報告書を読む彼の首筋は、白い。自分にはない、肌理細やかな肌。 ―――嘘だろぉ? 激はソファには戻れない、とても緊急的状態になった。 「こ、珈琲でもいれてくるな。俺」 「はぁ? 待て。これを仕上げてからいけ。大佐に言われたのだろう? 逃げるなって」 勘のいい男は、ソファから手を伸ばして激の腕をつかむ。 びくっと体に緊張が走った。 ―――やべっ。 腹式呼吸を何度も繰り返してとにかく体に平静さを取り戻そうとする。 「体調が優れないのか?」 「なんでもねーっ。ああ、でも、ちょっと……トイレ行くわ」 腕を現朗から取り返して、くるりと背を向ける。 その不自然な様子がますます気になった。 現朗は立ち上がって、部屋から出て行こうとする男を後ろから肩を掴んだ。 「医務室に行くか? 鍵はここにもあるから、休んだほうがいいなら……」 肩から伝わった刺激は、ダイレクトに下半身に響く。 全身が粟立ち、血が一気に流れ込んだ。 ―――激は弾かれたように親友の手を全身で振り払った。 「触んなっ!」 かつてない拒絶に、驚いたのは、むしろ振り払った本人だった。 「……ち、違っ……その……」 呆然とした男は、振り払われた手を見詰めている。 だが、次第に頭の中で全てが整理されてくると、全身の血の気が一気に引いた。体が指先から凍っていくようだ。 「なんのつもりだ」 怒りを隠さない地を這うような声で、尋ねる。 だがその殺気をうけても、激の下半身はむしろますます元気になるのだ。 ―――なんでだよっ。どーなっちまったんだよ俺の体ぁ! 「ご、誤解するな、現朗。 た、体調は悪い……ってか、なんか、おかしいんだよっ! おかしいからちょっと来るなよ!」 言い訳は言ってみたものの、現朗は納得した様子は見えない。 虚ろな目をして、激に横蹴りを食らわせる。 あっけなく、横の壁に打ち付けられてくずれた。 体がいうことをきかなくて防御がとれないのだ。 「てめぇっ」 口から漏れる血を拭わずに、友人を見つめる。一方相手は、冷たい目で応えてきた。 「……どうした? あっけないな」 |
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