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「えーっと。 ……いや、その、それで。今、どこからかけているんだい」 朝七時半。 残業の所為で徹夜していた三浦中将は、早朝、信じられない電話を受け取った。 なんと、休暇中の零武隊隊員、現朗からだった。 「今は、もう、全員陸軍特秘機関研究所に着いております。 素晴らしい時間を、ありがとうございました。疲れがすっかりとれました」 彼は到着するなり、旅行のお礼に電話で挨拶をしにきたのだ。もっとも三浦は居ないだろうと踏んで、要件のみを伝えるつもりであったのだが。 その行為自体は驚くことではない。 「いやいやそれはいいんだけど。 って、帰りの汽車は如何したんだい? こんな時間に着くのはないんじゃないの」 「夕飯を頂いたので、時間が時間でしたので、走ってきました」 至極当然といわれて、言葉を失う。 眉間に指を置いて、三浦は考え込んだ。 現朗たちに渡した慰安旅行の予定は二泊三日。 そして今日は、その『二日目』の朝八時半。 走って帰ってきたということは―――泊まっていないということか。 事件などが起きた、というわけではないだろう。もしそういうことがあったら三浦を通して連絡する手はずになっている。 彼らは自発的に戻ってきたのだ。 慰安旅行を一泊もしないで走って戻ってきたというのだ。 「……なんか、旅館、気に入らなかった?」 「いえいえ。 素晴らしいところでした。料理の味も最高で、温泉に浸かったのも初めての者も多く皆大変喜んでおりました。富士の峰の美しさに見蕩れて、時間を忘れて楽しませていただきました。 ですが、その………… …………仕事がないと、落ち着かなくて。 なんだか一日休んだらすっかり満足致しました。これから通常業務に戻らせて頂きます」 照れているのだろう、電話の先の男の声は少したどたどしい。きっとあの白い頬を少し赤らめて、昔の頃のような表情をしているのだろう。そう思うと、目頭を押さえていた指に熱い涙が伝う。 入った当初は、忠誠心の塊のような青年。 清新で、瑞々しく、凛として輝いていた。 あの輝きは、決して若さだけではない。もっと別の、人として大切な何かだ。 それが、あまりの激務とサボり上官の所為で、上官に変な綽名をつけて殴り倒して楽しむような陰湿でささくれ立った心に変わり。 その上、息抜きすら出来なくなってしまったという。 「……なんかもう、不憫だね、君達」 三浦にはもはや、それ以外かける言葉が見当たらなかったのである。 |
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