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「この赤い箸にあたった奴らがモデルになってもらいます!」 昼休み。全員を一番広いホールに集めて、毒丸は片手に赤い箸を持ちながらそう高らかに宣言した。広いとはいっても全員が入るには不十分で、壁際にもずらりと人が立ち見している。幅150センチ、長さなんと十メートルにも及ぶ長いテーブルが六つも並べられ、そこにぎっしりと人が座っていた。 「当たったのに文句言い出した人には全員で攻撃。以上!」 毒丸はそのどこからも見える、前方の位置にいた。真は毒丸の後ろに控えて、腕を組んで黙っている。 青年の手にある箸は、竹の箸には先に一寸ほど赤色が塗られている。彼の目の前に、同じような箸がぎっしり入った竹筒の箸たてが置かれていた。 毒丸は全員に当たり籤を見せびらかして細工がないことを確認させた後、箸たてにそれ入れて混ぜる。 「じゃあ昼休み中に引いていってね。 ハイ。現朗ちゃん、激ちゃん」 がらがらとおみくじのように振りながら、一番前に座っていた二人の前にぐいっと差し出した。 まさか声をかけられるとは思っていなくて、激は一瞬たじろぐ。 が、彼はノリが良い。一番先のほうが確率が低くて良さそうだな―――となんとなく思いながら「おうよ」と軽く言って手を伸ばす。針鼠頭の男がすれば、現朗も勿論同じ行動をとる。 「じゃあひっくぜー。一番目ー!」 「では」 二つの手が箸の先を摘む。 責任者はニコニコと可愛い笑みを浮かべていた。 ざわついたホール。緊張の高まる瞬間。興味津々な視線を浴びながら毒丸は確信した。すべては上手くいくと。 ―――だが、青年のその思惑はいとも簡単に打ち砕かれる。 ホールの後方から、いきなり声が響いた。 「一番といえばこの炎が相応しい!」 「私をおいて先にとる馬鹿がいるのか?」 激と現朗は手を放し振り返ると、二人の男女が机の上に立ってポーズをとりながら朗々と宣言している。炎がふっさ……と髪を掻き揚げると、男(信者)の低いどよめきが上がった。 大佐は勿論いまだ軟禁状態は続いていたのだが、あまり日に当たらないで病気になると困るという丸木戸教授の進言もあって、昼休みだけは昼食もかねて解放される。なにやら騒がしいと思いたまたまこのホールへやって来たのだ。 蘭と炎とは、歩調を合わせながらやって来る。 まるで、ショー終盤のステージで甲乙競う一組のショーモデル。二人には、それだけ、人を魅了するオーラがある。 「あのお方たちは、全く」 現朗の呆れ声に、激が微笑む。 「ま。しかたねえだろ。譲ってやろうぜ」 と、言いながら手を引いた。この二人がこう言い出すのはいつものことだし、それにこの籤で一番二番をこだわる必要もない。特に躊躇する理由は二人にはなかった。 「え、いやちょっ……」 毒丸が小さな声を上げたのに、二人は気づかない。 やって来た長髪の二人組みは箸たてを見下ろすと、堂々と籤の箸に腕を伸ばす。 二本の籤がするすると引き抜かれる。 ホールは不気味なほどに静まり返った。 注目を集めるために始めはゆっくりと、しかし、最後の瞬間は光速。二人は天井に高々とそれを振り上げ、同時に全ての視線が上へ向かう。 一挙一動、まるで打ち合わせをしたかのように腕の角度まで同じだ。 『おおおおぉぉおぉぉお』 低いどよめきが広がった。驚嘆とも感嘆ともとれる喚声。 ふ、決まった―――と悦に入ったのかどうかはしらないが、二人は一息つくと、同時に息を着いて同時に天井を見上げた。 箸の先が、赤い。しかも二本そろって。 あれ? ―――蘭と炎の目が点になる。 「やれやれ。決ぃーまりっと」 「さー。終りだ終り」 がたがたと普通の隊員たちが椅子から立ち上がる。やる気のない顔。ある者は全身で伸びをし、ある者は腰に手を当ててぐりぐり動かしている。自分が当たらないとわかればそれで良いのだ。 反抗した場合は一斉攻撃とあるが、それは作った責任者がやるべきことだ。 毒丸は笑顔のまま、ピクピクピクと頬が痙攣していた。 実は―――というか、もはや、誰もがわかりきっていることだが―――箸は全部赤色になっていた。こうしておいて、初めに引いた二人を―――つまり、現朗と激を―――モデルにしようと考えていたのである。予想外の乱入者が入りさえしなければ。 固まっている炎と大佐は、同時に首を回す。 白眼で責任者の一人を睨みつけた。 「う……え……ええと。決まり……かな?」 「真っ!」 炎が腕を組み、第三者を気取っているもう一人の責任者に顔を向けた。 彼は悠然と片目を見開いて、親友を見る。 「……決まりだな」 「貴様、こんなイカサマの籤で納得するとでも思ったのかっ!?」 手の中で箸を折る炎が叫び終わる前に、男の姿がかき消えた。 現朗と激は寒気を感じて席を立って後退する。 刹那。 炎の目の前、机の上に、一人の男の姿が出現した。 「―――納得させるのさ」 冷たく固い声音。 「人前で肌を見せるような不様な真似を、この俺にしろと?」 炎のふさふさ眉毛が跳ね上る。 「籤であたったからにはな。 ……今回の件に関しては、お前の責任が大きい。 俺も現朗も反対したのに、お前はどうだった? 忘れたとはいわせん」 でも今、俺らを嵌めようとしてませんでしたか? と第三者の現朗と激は思わず内心ツッコんだが、それは二人には届かない。真は己にも被害がかからず、そして零武隊にさほど不利益にならなければどうでもよいと考えていたのだ。つまり、彼には、犠牲は炎でもかまわないのだ。 インチキとはいえ、一旦籤で決まってしまったならば炎を無理に納得させるしかない。 男からわずかに立ち上る闘気を感じ取って、炎は返事をすること無く大きく後ろへ飛ぶ。背中に背負っている二刀を引き抜きながら。間合いをとるために。 真は咄嗟に脚元の筆立てを蹴り上げて手にとると、そこから箸を投げた。一直線に飛ぶそれは十分な凶器になる。 愛する友であり、尊敬する師でもあり、そして超えられない壁でもある男―――真。 迫りくる矢を刀で打ち払う炎の背筋に冷や汗が浮かんだ。 一方。 当たり籤を引いたもう一人の生贄は籤製作者との一騎打ちに当然ながら勝利し、平和的にその大役を毒丸に譲ったのである。 ※ 毒丸と大佐の平和的一騎打ちの詳細模様は多少毒丸が可哀想になっております。毒丸が大佐に苛められていても許してやるヨ!という心の広い方のみお願いいたします。 |
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