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白服二人がつくという最高レベルの警戒体制でモデルは連行された。 おかげで当日にドタキャンというありきたりの手段を使うことは出来なかったのである。 「真が……真が……」 赤い髪を枝垂れさせながら元気なく進む男を筆頭にぞろぞろと写真館に入ってくる。先に待っていた商工会議所の男達はその異様な光景に一瞬顔を引きつらせたが、三白眼の軍人がこちらへ向かって歩き始めたので気持ちを切り替えた。 「零武隊の真と申します。 今回の責任者を任されましたので、どうぞ、宜しくお願いします」 「あ、佐藤です。こちらこそお願いします」 「そして、そのモデルはこちらの二人です」 「どうぞ、よろしくお願いします」 深々と頭を下げる老人に、炎も毒丸も生気のない顔でただただ見つめるだけだった。礼儀知らずなのはいつものことなので真は気にとめないが、現朗は毒丸の頭を殴って礼をさせた。炎にしないのは『炎様は誰にも頭を下げる必要はない』という差別御免贔屓上等の精神だからだ。 相手の男も、こちらから依頼したという気後れさもあって特に咎めるような態度は示さなかった。 「それで」 と、老人は眉をしかめ困った顔をして、切り出した。 「この前のお話で『夏向きの構図で肌の露出が高いものを』というお話の件なのですが……」 その言葉に、生贄ズがはっと顔を上げる。 そうだ。―――そういえば、防犯用ポスターなのだ。どこの誰が、裸体など要求するだろうかっっ!? いや寧ろ裸体なんて困るんじゃないか普通っ!? 「え、あ、っそう? そーだよねっ! 裸とかいらないよねっ」 「上官が、どうにもそういうことおっしゃったんだが、そちらの都合でもし難しいのなら他ので構わんぞっ! ぜんぜん気にする事はないっ」 「いえ。 ぴったりの構図が出来上がったので、是非見てください」 『あるのかよっ!?』 と、蜘蛛の糸を掴んだと思った瞬間にぷちんと切れてしまった二人の声がハモる。 商工会議所の主は、後ろの男たちに声をかけて一枚の紙を持ってこさせた。どうやら先にどういう構図がよいか検討するため、写真をとったらしい。 どうぞどうぞと真に丸めたそれを手渡す。三白眼は紐をとりくるくるとそれを広げ、その背後から三人は顔を伸ばした。 ―――そして、四人は見事に絶句した。 零武隊隊員の前に出されたその紙には。 某警視総監を思い起こさせるような筋肉質な男が二人、両腕を上げて力瘤を作って並んでたっている。仁王像のどことなく髣髴とさせる筋肉。全身油を塗ったのだろう、光を反射してテカテカと光る。口を引きつらせて、ニカっと不気味な笑みを浮かべていた。そして股間の大事な部分に丁度大きな文字で――― 『防犯は大切』 ………………確かに、本当に大切な気がしてくるポスターであることは間違いない。 炎はその悍ましさに真にひしっと抱き付いたが、真も珍しく邪険にしない。現朗は腰にしがみついた毒丸を上から殴っていたが。 「嫌だよぉ……えぐ…… ……嫌だよ現朗ちゃぁぁん」 部下は最後の抵抗とばかりに目に涙を溜めて訴えかけるが、金髪は無情にも首を横に振った。 大佐の命令を独断で変えると、後々面倒なのだ。仕事に埋もれながら身も心もクサッている上官は『面白いものを期待しているから覚悟しておけよ』と、わざわざ四人が出かけるときに声をかけたくらいだ。 「大佐のご命令だ。涙を呑んで納得しろ」 「だってさぁ。だってさぁぁ。あれどう見てもキモイじゃんっ。そんなの世間に見られたら俺生きていけないよ……」 「…………大佐も、その、今は気持ちが塞いでおられるからな。 正気に戻ったときに文句を言えば少しは素直になられると思うぞ」 「素直って……」 そういえば。 ―――たしかに、今回大佐は酷すぎる気がする。単に仕事を押し付けるだけならともかくとしても、あの蹴りやら泣かせるやら謝罪させるやらの所業は酷い。仕事を代わってあげたのだから、褒めてくれてもいいはずだ。家に二週間帰っていないのが原因だとはしても。 広い目で見れば、このポスターに出るということは大佐に恩を売ったことになる。 あの天上天下唯我独尊の妻に、恩を売れる? それに比べたら多少の恥などどうでもよいではないか。 だって、もし、もしも、あの妻が寝台に蹲って俯き加減で「……なんでもしても良いから、許せ」―――なーんて言ったら俺どうしよう。いや即座にイタダキマスだよ。据え膳食わないのは男じゃねえし。そりゃもう、いろいろ男の野望を叶えさせてくれるよね。くれるってことだよねぇっ? 完全に一人の世界に入ってしまった部下を、現朗は面倒臭そうに押しのけた。これでも彼は問題ないだろう。 残るは、一人。 「真。真。真……。……真」 炎と真は、至近距離で見つめあっていた。まるで接吻をする恋人同士のように。 赤髪は彼の胸倉をつかみ、何度も何度も名前を呼んで、冷たい三白眼の感情を震わせようとする。眉毛は情けなく八の字になっていた。 力ではもうどうしようもない。先日の戦いで負傷したままの炎では、二人を相手には敵うはずがないのだ。 真はそっと眼前にある男の頬に手を置いた。 ようやく動いた彼に、炎は期待の目を向ける。 「……こんな不細工な試作品など気にするな。 そう怖気づくんじゃない」 耳に落ちる心地よい低音。 だが、炎の眉は悲しげに顰められたままだった。止めてくれると思っていたのに―――と震える瞳が雄弁に語る。 親友がわかってないので、ぐぅと真は呻く。もう、はっきり言ってやるしかない。覚悟を決めた。 つまり、俺が言いたいのはな―――と、真が再び口を開く。 「こんな構図でも、お前ならば十分魅力的になる、と言っているんだ」 言っているうちに猛烈に恥ずかしくなってきて、三白眼は明後日の方向に目をやる。信じられない言葉に僅かに炎の心は上向きになった。 「……本当か?」 真は向き直って、不機嫌そうに―――といっても商工会議所の者には先ほどから同じ無表情にしかみえなかったが―――ため息をつく。 「俺がお前に嘘をついたことがあるか? ―――それに。 だから、ここに来たんだ。 ……久々にじっくりと成長したお前を見たくなった」 みるみるうちに男がその髪と同じ位に頬が紅潮する。視線を床に這わし、うろたえているもののどことなく喜んでいるのが傍目でも良く分った。その様子を間近で真は堪能しながら薄ら笑む。 うふふふふ。 お前、いつも風呂場で炎様の御身体を見ているだろうが、このど畜生っっ。 ―――などと笑顔の現朗は内心壮絶にツッコミを放っているが、どぎまぎしている炎にも、揶揄すると面白いなぁと思いながら微笑んでいる真にすら気付かれない。 さぶだ……ホモだ……男色だ…………やっぱりなぁ…………と(非常に理解力のある)商工会議所の男達は生温かい目で見つめていた。和やかで穏やかな日の光が燦々と降り注ぐ写真館。皆なぜだか知らずうちに笑みが浮かんでいた。 モデル二人がノリノリになったので、楽しい雰囲気で撮影は幕を閉じた。 しかし、出来上がったポスターは警察に提出して一日後、全てを提出する命令をくらい、帝都の住人にお目見えされることはなかったのである。 |
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