頂き物
 ・・・  人形遊び 4  ・・・ 


 現朗から原因不明の病で激と真が倒れたという報告を聞き、ついで教授から奇病の可能性があるので入院させたという報告を聞いた。大佐が大人しく仕事をしている不自然さに、二人は気づかなかった。
 町に夕食の煙が上がる頃、一台の馬車が零武隊についた。
 下りたのは少年と少女だった。可愛らしい着物を着た少女は厳しい表情をしており、逆に少年のほうはうろたえ気味だった。
 菊理は三時ごろになって唐突に機嫌が悪くなり、零武隊へ行くと言いだした。彼女の希望は最優先にする少年は、銀座からすぐに馬車を拾って官舎へ急いだ。馬車の中でいくら理由を訊いても何も答えたえず、ずっと鋭い目をして遠くの景色を眺めていた。
 カミヨミの姫が到着したという知らせは直ぐに蘭の元に届いた。
「菊理姫が参られたのか?」
「え、ええ。大佐にお話があるとかで……お通ししてもよろしいでしょうか?」
「勿論だ」
見られては拙い仕事を本棚に隠していると、現朗は直ぐに菊理と天馬を連れて戻ってきた。
 蘭は立ち上がって二人を迎える。
「今日は楽しかったか? 姫。
 おい。ちゃんとエスコートできたんだろうな」
「は、はいっ」
「……大佐」
天馬を叱りかねない蘭の言葉をさえぎって、静かに、菊理が口を挟んだ。一見、少女は微笑んでいるように見えたので、蘭は、安心しきっていた。
「なんだ?」

「何を致しましたか? 先ほど」
 
 微笑んでいるようだった。
 が。
 それは、彼女が完全に怒っているときの顔だったのだ。
 天馬がびくっと肩を震わせ、軍人も硬直する。後ろに控えていた現朗までも只ならぬ気を悟って姿勢を正した。
 線の細い少女なのにかなりの迫力がある。
「な、何って ……」
口ごもりながら身を引くが、一歩、一歩と菊理は迫ってきた。
 そうしている間に思い出した。あ、と小さく声があがる。
 藁人形。
 ―――そう、菊理は銀座にいながらにして、例の藁人形の封印が解けたので慌ててきたのだ。カミヨミの封印が解けるはずがない……誰かが再び使わない限り。
 菊理は腕を上げ、人差し指で蘭を指す。
 するすると、そこから赤い糸が現れる。
「菊理っ!?」
天馬が声を上げたが、鋭く睨まれたので口を閉じた。
 蘭はその場を動けないでいると、糸はするすると白い軍服の上を這い巡る。昨日の大木のように、二重三重に巻きつかれた。
「……天馬様。
 その机の抽斗を開けてくださいませんか?」
言われるままに抽斗を開けて、そして、奥の奥にあった藁人形を取り出した。おそらく、これだろう。
 少女にそれを手渡す。
 左手に人形を持ち、右手の糸で括りながら、祝詞を上げる。
 蘭はうな垂れたまま立ちすくんでいた。糸は祝詞に反応して淡く光り、次第にその光が失われていく。少女のように温かな空気に包まれて、何故か清清しい心地だ。
 祝詞が終わると、糸は彼女の体に戻っていった。
 着物の襟を正してから、菊理は義母の前へやってきた。大きな双眸で見つめていると、堪えきれずに目を逸らしてしまう。
 白い手で、その頬をそっと撫でた。
「これは大変危険なものです。ですから、封印したのです。
 その印を解いてしまっては、何のために私が昨日あの場からこれを持ってきたのかわかりません。
 呪いは、使い手にも災いのかかってくるものです。
 大佐の御身も危険でした」
「すまぬ」
か細い声がぽつりと漏れた。
 目を閉じ、ゆっくりと開いて少女を見た。
「…………もうしない」
「約束ですよ」
菊理はようやくふんわりと微笑んだので、泣き出しそうな目をしていた蘭もつられて笑顔になった。



 「ほぉぉぉ、で、今度は何をしたんですか?」
震える声が真後ろから聞こえて、菊理を庇うように蘭は振り返る。あまりの殺気に思わず刀を構えた。天馬も構えていた。

 ―――現朗が。
 ―――これでもかと言う程目を開いて。
 ―――立って居た。

「まさか、先の激と真の体調を崩した件とその人形が絡んでいる、わけはありませんよね? 大佐」
菊理にすら目で見える殺気を浮かべている。
 少女は駆け出して蘭の前に出ると、両手を広げた。
「現朗様っ。
 ど、どうかお許し下さいっ」
婚約者の母を必死で庇おうとするが、
「姫っ。これはうちの躾の問題ですっ」
と、一蹴される。
「母も反省してますから……どうかっ」
次は天馬が言ってみたが、
「甘やかしていては大佐のためになりませんぞ。天馬殿」
やはり一言に伏された。
 そんな会話が部下と子供間で会話が繰り返されているうちに、次第に蘭の眉間に皺が寄る。
 躾とか。
 甘やかしているとか。
 姫や天馬に庇われるとか。
 なんだか酷い言われようで、頬を膨らませた。確かに遊び半分に藁人形を使ったことは悪いと思ってはいるが、それはそれだ。そこまで言われる覚えはない。
「……証拠ないもん」
ぼそりと、低い声で、自分だけが聞こえるように呟いた……つもりだった。
 はっと気づくと、三つの双眸六つの目が、自分に集まっている。
 冷たい色を湛えて。
「母上……」
「大佐……」
「上官殿……」

『反省なさってないようですね』

前門に現朗、後門に菊理。さらに天馬が控えている密室で、逃げ場はない。冷や汗がゆっくりと頬を伝わるのを感じた。
 ……これなら藁人形の呪い返しにあったほうが良かった。
 などと彼女がそのとき思ったかどうかは判からないが、次の日炎と真が朝一番に出仕すると執務室では三人に取り囲まれて椅子の上で正座しながら反省文を書き続ける上官の姿があったという。