頂き物
 ・・・  人形遊び 2  ・・・ 


 昼下がりの穏やかな時間。
 三十分後の会議のための資料に目を通しながら、蘭は自分の執務室で昼食をとっていた。資料に目を通さないと黒木中将がやたら怒るので、申し訳程度には読んでおかなければならない。
 机には蘭特製の弁当が広げられていた。

 内容―――塩茹で落花生。

 天馬は菊理とのデートがあまりに嬉しくて、蘭の弁当を作ることをすっかり忘れて出て行ってしまった。喜色満面の息子に「弁当は……?」というのは気が引けて、渋々自分で作った。彼女が作るといつもこんなものだ。いや、今日の場合、茹でるという一仕事をした分少しましかもしれない。
 ばり、ぼりとそのまま口に含み、器用に実だけを取り出して他をぺっと横の紙に捨てる。
 ノックも無く扉が開いた。
「失礼します。大佐、最終確認試験が終了しました
入ってきたのは、零武隊で唯一スーツ着用の丸木戸。
 さっと彼女は弁当の蓋をし、横の紙ごとゴミ箱に捨てて資料を机に置いた。
「……おや? めずらしい弁当箱ですね。今日はどんな力作です?」
だがその不自然な行動を彼が見逃すはずがない。
「結果は?」
はい、と渡しながら弁当に手を伸ばす。
 弁当を自分の方へ寄せながら資料を奪おうとしたが、丸木戸は弁当が離れるとデータを戻す。そんな攻防が二三度続いて―――

 ばきっ

 彼の顔のど真ん中に右の拳が決まった。
 左手に会議の資料を握り締めながら、眼鏡が当たらないよう口から鼻の間を狙って。予想外に上手く決まったので、教授は机とは反対の方向に倒れてしまった。
 嫌なうめき声を上げながら床で鼻血をたらしている。
 …………ち。面倒な……。
 仕方なく椅子から立って、悶絶する男の手からデータを奪う。
「……ひ、酷いですからっ!」
鼻を押さえながら丸木戸は立ち上がる。噴出した鼻血がもう止まっていたが、ダメージは相当大きそうだ。
 結果を見ながら机に戻った蘭は、片手を振って部屋を出るように命じた。
「さっさと渡さんからだ。貴様の冗談に付き合っているほど暇ではない」
「冗談ってか……」
立ち上がって、何事もなかったようにぱんぱんと埃を払う。
 眼鏡をかけなおして、冷たい声で訊いた。

「そんなに隠したかったんですか? その、しょぼいブツ」

 気づくのが遅かった。
 データを取りに行くのことばかり気になって、見れば弁当の蓋が開いてしまっている。きちんと蓋をしめていなかったのだ。中からは落花生が顔をのぞかしていた。慌てて蓋をとって、弁当にかぶせた。
「こ、これはっ」
だが、もう遅すぎる。
 教授は鬼の首を取ったような顔でこちらを見ていた。くくくくく……と含み笑いをして、指を四本揃えながらちゃきっと眼鏡をかけなおす。
「なんですそれ。お弁当? え? お弁当のつもりですか。いやぁ、まあ、ずいぶんと可哀想なお弁当ですねぇ。そうか、天馬君今日はいないからかぁ。
 僕は今日江戸前の寿司ですけどおすそ分けしてあげましょうか。
 そんなに落花生好きなんです? 貴女げっ歯類か何かでしたっけ。あー、それはげっ歯類に失礼かー。
 初めてみましたよ落花生オンリー。オンリー弁当。落花生だけ。だけ。
 いや、申し訳ない、さすが大佐ですよ。
 常人には出来たものじゃありませんって。それを弁当として持ってくるその不精さと腐った根性、見習いたいものです」
蘭は最後まで聞いてなかった。
 刀の柄に手をおき、いきなり抜く。
 机を挟んだ狭い空間でこの居合い、凄まじい技術だ。
 ぴたり、と笑っている教授の首筋に白刃を突きつけた。
「…………何が言いたい?」
「え……栄養バランスには気をつけてください」

 目が本気だ。

 心臓が口から飛び出てもおかしくないくらいドキドキしながら、丸木戸はなんとかそれだけを言って、慌てて部屋から飛び出した。
 結局そのときはそれですんだのだが。
 蘭の心情は済んでいなかった。