・・・  神隠し3  ・・・ 


 三週目に突入して、蘭もいい加減仕事が鬱陶しくなってきた。自分でも二週間執務室にいたのが不思議くらいだ。
「変な約束など、するではなかったな」
しかしそうはいっても「やはり出来なかったな」といわれるのは癪に障るので、何とか二週間篭って八割は終わらせることができた。
 後一週間あれば、今のペースならば大丈夫だろう。
 帝都は平和なのか、彼女の元に事件の報告は一切来ていなかった。
「さて。カミヨミの姫に会いに行くか」
となれば仕事に託けて菊理に会いに行くしかない。
 全ての仕事を放棄して、蘭は朝から近円寺邸に向かった。
 二日目。毎日近円寺邸に行くのもはばかれるので、次の日は料亭で酒を飲んでゆっくり。
 三日目。午前中神社の祭りを行って駄菓子を大量に買い込み、そのまま菊理の下に行って遊ぶ。瑠璃男と帝月に仕事はどうしたといわれたが彼らともじゃれる。
 四日目。雄山元帥に言われて仕事を取りに行き、報告を済ませ、その足で散歩をしたまま酒を買い込んで家に戻った。
 五日目。朝仕事場にいき、昨日の仕事を現朗の机に置いて遊びに行く。
 六日目……机に座って、なんとか今までの分を終えようと試みるが、すぐに近円寺邸に行く。途中襲撃に会うが一刀両断。
 そして、七日目。
「お……終わらん……かも……」
今日の午前中、隊員たちは帰ってくる予定だ。
 蘭は勝手に約束を曲解し、今日中までならば時間内だと考えている。否。正確には明日の朝九時まで。
 それはまるで「九月十日必着」というワードを斜めから読んで「高円寺? それなら九月十一日午前九時までならば持って行けば間に合うわっ! ていうかバイク便を使えば―――」と考えるのと同じ思考である。そして、得てしてそういうことをする時は、それすらも間に合わず、泣く泣く謝罪の電話をかけるはめになる。それが罷り通るのが世の中だ。
 必死で判を押し、書類を読んでいて気づかなかった。
 こんこん、とノックされた。
「誰だ?」
「……鉄男です」
現朗かと思っていたが、時計を見ると既に十二時を回っている。飛ぶように三時間過ぎた。
 もう帰ってきたのかっ!
 悔しさを感じながら、蘭は入れと命じる。
 入ってきたのは鉄男だけではなかった。数人ぞろぞろと落ち着かない表情で後についてきていた。
「大佐ぁ。現朗ちゃんたち何処いったの?」
口を開いたのは毒丸だ。
 普段の生意気な調子がなく、しょぼんと肩を落としている。
「は?」
「絶対迎えに来てると思ったのに。
 ……また任務? どこ? すぐ出れるよ」
あまりのため口っぷりに蘭が注意しようとする前に、周囲の同僚たちに頭を叩かれて、最後は鉄男に部屋の隅に強制連行されている。普段の動きの良さが無くされるがままだ。
「日明大佐。申し訳ございません。
 毒丸隊員は迎えにどなたもお越し下さらなかったのが相当なショックで……。いえ、皆様がお忙しいのはわかっておりますので、そんなショックを受けるのが間違っているのはわかっているんです。
 それより、全員無事に帰還いたしました」
「ご苦労だった。
 成果は追って元帥府から聞こう。どうせ何か仕出かしたのだろう?」
冷たい目で全員を一瞥すると、びくっと彼らが姿勢を正す。
 まさに彼女の勘は当たっている。
 初めての訓練で、零武隊的に普通に戦闘を開始したら、普通に叱られたのだ。やりすぎだ、と。
 そして、そのやりすぎという言葉があまりに面白くて、つい噴出してしまった。その態度の悪さが問題となり槍玉にあげられ、その後も色々問題が起こった。
「業務の引継ぎを行おうと思うのですが、皆様はどちらへ出向かれているのでしょうか?」
その一言に、蘭が首を傾げる。
「今朝は……お前らを迎えに行ったはずだぞ。
 それ以上のことは聞いていない」
「ちぇ。大佐が珍しく仕事なんかするから、迎えに来てくれなかったんだ」
毒丸が鬱々と呟く声が聞こえて、手近にあった万年筆(10円)を投げて頭に突き刺す。
 蘭はすっくと立ち上がった。

 事前報告もなしに、勝手に決められた予定を変更するとは。エリートどもにきつく言ってやらねばならない。

「わかった。
 数人は寮と、元帥府に向かえ。それ以外は手分けして見回りのルートを確かめろ。そして、何があっても直ぐに零武隊に戻るよう伝えろ。鉄男。人割はお前に任せる」
刀を持った。
 にたり、と頬を引き攣らせる。
 ……どうやら仕事をせずにすみそうだ。