・・・  神隠し1  ・・・ 


 ……だよ……
 ……が隠したんだよ


 「じゃ。現朗ちゃん行ってきまーす。
 お土産待っててね。迎えに来てね
ぶんぶんと毒丸が車窓から手を振った。まるで遠足に行く子供のような顔でこちらを見るので注意することもできず、良くないなと思いながら現朗は困った顔を浮かべた。
 浮かれ調子なのは彼だけではなかった。汽車に乗り込んだ多くの零武隊隊員が皆同じように満面の笑みを浮かべながら会話している。興奮気味なので声がいつもより高い。 職務中なので本来なら背筋よく座って静かにしていなければならないが、今日ばかりは解禁だ。
 他の車両には、東京にいる他の連兵隊が乗り込んでいる。彼らもざわざわとしていた。
 毎年この時期、軍曹以下の陸軍軍人による合同訓練が関西で開かれる。受け容れ側の都合で、全部隊を三つに分け、各隊は三年に一度合同訓練に行くよう割り当てられていた。
 毒丸は零武隊隊員としては初めての参加だったので、心が躍った。先輩たちから幾度も聞かされていたのだ。零武隊にとってそれは遠足のようなものだ、ということを。
 兇暴で我侭の大佐から身も心も離れられる、薔薇色の三週間。
 この間は横暴上官(炎も含む)のおかしな思い付きに付き合わされることもないし、マッドサイエンティストの実験材料にされることもない。殴られたり蹴られたりすることはあっても、拳銃や刀で狙われたり、寒中水泳をいきなり命ぜられたりすることもないのだ。勿論地雷が入り口に仕掛けられることも休憩室のお茶に媚薬・下剤・解熱剤が入っていることだってない。帰路に重火器で闇討ちされることすらない。
 ……幸せだぁ……
 はたして、これ以上の幸せが世に存在するだろうか。
「浮かれすぎて怪我をするな」
「我隊の名を落とすことは許さんぞ」
現朗と炎が最後の言葉をかける。
 うんうんと、毒丸は初めて乗る汽車に浮かれる小学生のように、文句一つ返さず小言を聞いていた。鉄男はどことなく心配そうに青年を見ているが何も言わない。
 まあ、彼に任せておけばさほど毒丸は大変なことを仕出かしたりはしないだろう、と思って二人は心を落ち着かせる。一番何か仕出かしそうなのは毒丸だ。
 もっともこの二人―――鉄男も含めれば三人―――の『大変』のレベルは通常人のそれとは著しく異なっているのだが。
 汽笛が鳴った。
 お別れの時間、そして始まりの時間が来た。
 窓から顔を離し、一列に白い軍服の男たちが並ぶ。
「武運を祈る」
炎の号令とともに敬礼をする。それにあわせて、車内の者たちも敬礼した。
 機械油の音と噴煙がここまでやってくる。汽車はゆっくりと、確実に、駅を離れる。最後の最後まで毒丸は体を乗り出して手を振っていた。
 三十秒後、駅には五人の白い軍服の男たちしか残っていなかった。