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「さて。三週間は俺たちで過ごさなければならん。各自気を引き締めて割り当てどおりの業務を行うこと。 それと、何か事件が起きたら小さなことでも速やかに連絡を取り合うこと。連絡はこの掲示板に張っておけ。最低でも毎日一回はこれを見るように。 わかったな」 赤髪の隊員がはきはきと命令した。 がらんとした隊員室。これだけ広かったのか、と普段狭く感じていた現朗には驚きだった。三週間出かけるので隊員たちには掃除を徹底させた。お蔭で机の上は(一部を除いて)綺麗になっている。 後は激と炎と爆なのだが、激は言っても聞かないし、炎と爆はあれが一番整理された状態だと言い張る。炎様はともかく爆は違う、と現朗はこっそりと思っていた。 この官舎には今、六人しかいない。 炎、真、爆、激、現朗、そして彼らを束ねる猛々しい鬼上官の日明蘭大佐。もっとも大佐には通常業務が溜まっていたので見送りは遠慮させて仕事に篭ってもらった。 通常業務が溜まるというの一見矛盾しているようだが、実に的確な表現だ。大掃除のついでに色々天井を見ると、零武隊の報告書(元帥府未提出)がわらわらと発見されたのである。しかも決算報告(現朗作)も奥の奥にしまってあり、白い軍服を着た部下らは集まって『この三週間は絶対逃がさん』大作戦を決めた。 現朗は『今後何か致しましたら本気で決算の時にお手伝いしませんよ』と釘を刺し、激が『大佐のさぼりっぷりって問題だよな』とお前にだけは言われたくない台詞を言いい、炎と爆に『独断的すぎる秘密主義を少しは改めろ』と鏡見たことあるのかとつっこみたくなるような言葉を投げつけ、しかもその後、真の差し金で参謀本部にいるはずの雄山元帥がやってきて直々に彼女に書類はちゃんと提出するよう忠告しにきた。 流石にこの流暢な連続技を受けて、蘭も、発憤した。 「仕事くらいするに決まっているだろ。 奴らが帰ってくる前に残っている仕事なぞ全部あげてやるわ」 その言葉を言質にとって、部下ら全員は嬉しそうに彼女に発掘された仕事を部屋に運んできた。計算高さと人の悪さは、流石彼女の直属の部下だけのことはある。 「じゃ俺は今日は目黒に見回りだね。 爆。高田馬場の登米屋言ったら俺の分もお土産頼むね。あんころ餅」 「……ふん。鶯黄粉の方でいいな?」 「ああ。頼むぜ」 赤いバンダナを締めながら頷く。登米屋は彼の好物なので、いつもは見回り地域にその店がはいるようにしているし、零武隊に土産も買ってくる。味はなかなか良いので爆も立ち寄るつもりだったのだ。 四人は見回りで、現朗だけ零武隊内勤業務をこなすことになっている。外回り組は手持ちの武器を取って、次々に部屋から出て行った。 現朗は書類を持ちながら、丁寧に「行ってらっしゃいませ」と頭を下げる。 ……そして、それが彼を見た最後の姿になった。 一週間して、漸く仕事に区切りがついた蘭がどすどすと休憩室にやってくると、丁度おやつ時に戻ってきていた爆と真に出会った。三白眼の悪い目つきが二つ並んでお茶をすすっている。 「茶」 というと、二人は無言で急須を指差した。 どうやら上官に注いでやるという優しさはないようだ。 聞こえるように舌打ちし、湯飲みをとって急須から豪快に注ぐ。それを持ってどかっと長椅子にすわる。みしし……木の椅子が悲鳴をあげた。 「どうだ。帝都は?」 「異常なし」 「異常なしだ」 「つまらん。事件は起きてないのか」 ごくごくと茶を飲み、さらに机にあったお菓子を取って当然といった態度で口にいれる。爆が六人分買ってきた饅頭だ。 真がお茶を啜りながら尋ねる。 「……お約束は大丈夫ですか?」 ぎろり、と鬼の目が動いた。 その話題には触れてはならなかったな、と悟り、お茶を飲んで誤魔化す。実はもう湯呑みに茶はなかったが。 蘭は食べるだけ食べて、立ち上がる。ぱんぱんと服を払った。 「適当に馬を走らせてくる。仕事は後だ」 「そうやって後にするから溜まるのだぞ。大佐」 「ふん。まだ二週間もある」 夏休み中の子供のような台詞を言い残して、湯のみを持ったまま行ってしまった。これ以上の小言は聞きたくない。 その後ろ姿を見て、二人は顔をあわせた。 「現朗も大変だな。あれに仕事をさせるのか」 「……零武隊で一番至難の任務だ。 なあ……それより。少し気にかかっているのだが。 現朗最近見かけなくないか?」 真がぼそり、と言った。 あまりの内容に、ぽかんと口を開けたまま爆の動きが止まる。しばらく沈黙していたが。 「……やはりそうか?」 爆は、予想外にも、肯定の返事をした。 彼も同じように感じたことはあったが、あってはならないことだと思って幾度も否定していた。まさか現朗が本隊からいなくなるというような馬鹿げたことは起こるはずはない。だから、見てないだけだ、と言い聞かせていた。 自分と同じ思いだと知ると、真の目が急に真剣味を帯びる。 「寮に……戻ってない。昨日確かめた」 五人は、普段使う部屋ではなく、空き巣対策に寮の東西南北の離れた位置で寝起きしている。仕事も割り当てがあるので顔を合わせることもないし、食事も殆ど一緒にしない。 そのせいで気づくのが遅れた。 「他の仕事に行っている可能性は否定できないんだが。彼ならば何か書き置きでも残すと思う」 「そうだ……な」 ごくり……とお茶を飲み干して湯呑みを机に置いた。 刹那。 二人は立ち上がりと同時に刀を抜く。 どこかから異常な殺気―――否、執念が現れる。位置は確認できない。 いい反応だった。 いい動きだった。 しかし、相手が悪かった。その程度ではそれを対処することはできないのだ。 始めに真が、そして爆がそれを見つけ、そして声も無く攫われる。 二人の姿が消えた。 |
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