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「もー。あんまりクレンジングすると肌荒れちゃうのよねぇ。 なんだっていきなり来るのかしら」 「あんたなんていいほうじゃない。 あたし染みが大変なんだからぁ」 「貴女の場合UVカットが弱いのを平気で使うんですもの。五月とはいえ日差しはやばいのよ〜」 化粧を始める大男たちの口調が、次第に聞きなれたあのオネエ言葉に変化してくる。 「あら、なにこれ。みどりん、新商品じゃないっ。 くぅ〜新人のくせに生意気よっ!」 「先輩も使ってみて下さいよぉ。嵌っちゃいますから。 お化粧品売り場のお姉さんに勧められたら、もう一回で気に入っちゃって」 「えー。使わせてくれるの? あ・り・が・と」 遠くで聞こえる言葉が、次第に、毒丸のほうに近づいてきた。 セーラー服を目の前に、靴を穿いたまま両膝を負って座る青年。 ぽん、と、その肩が叩かれた。 「大丈夫? 毒丸ちゃん」 「……毒丸ちゃんじゃ可哀想ね。毒江ちゃんとか?」 「それなら丸子ちゃんの方がいいかも」 はっ、と青年の意識が戻る。 「こ、こ、こ、これ……き……着る……ん……すかね……? き、き、着なきゃ駄目なんですかっっ?」 もう今更の質問を震える声で繰り返すと、オカマAはちょっと困ったように顔をしかめた。アイシャドーが異様に濃い。ばちっとしたそれはつけ睫だ。 「まあ、職場着だから。 皆着ているしぃ。丸子ちゃんも普段仕事中は私服じゃないでしょ?」 仕事中は軍服だ。確かに私服ではない。 ―――が。 これは何か違う気がする。 「畜生ぉぉぉっ! 大佐じゃないから侮ってた。だって大佐の友人だぜ?だってここオカマッチョの根城だぜ? 普通なはずないじゃん。何期待したんだよっ。どーして信じちゃったんだよ畜生ぉぉぉぉ―――っ!」 「……そんな涙を流しながら太陽に向かってほえられても」 滝のような涙が流しながら、毒丸は何度も畳を叩いていた。いつまで経っても諦めない客人に、周りは困ってしまう。 そんな時、ノックもなく扉が開いた。 「も〜。 皆遅いわよっ。八雲待ちくたびれちゃった」 『 警視総監 ママっ!』 どうやら制服に合わせて呼称まで変わるらしい。 ぴっちっとしたミニスカートに身を包んだ水色の髪の男は、髪をかきあげながら入ってきた。 「ああっ。それママの勝負服のスッチーじゃな〜い」 「いやん。魅力的ぃ。 ママ足きれいなんだから、そんなに見せられたら目に毒よぉ〜」 「腰が素敵ね。惚れ惚れしちゃう」 口々に褒められて、八俣も気分良く妖しく微笑む。 「うふふふ。零武隊から新人ちゃんが来るから張り切っちゃったわ。 ……あら、毒丸ちゃんどうしたの? 折角選んであげたのに。童顔ハニーフェィスはやっぱりセーラー服が基本だと思ったから」 「それがね。 丸子ちゃん嫌がっちゃって……。なんか、こういう制服着るの初めてなんですって。恥ずかしいみたい。ほら、いつも軍服だから」 あー、成る程ね。 八俣は相槌を打って、それから毒丸のところに寄ってくる。あまりの迫力に身を僅かにそらした。 綺麗ではある。周囲の男たちに比べると、いかにこのオカマが綺麗なのかよくわかった。化粧のノリもセンスも格段に良い。が、それ以上に恐ろしかった。 至近距離で顔を覗き込まれて、心拍数が一気にあがった。 泣き出す一歩手前の青年を見ながら八俣は考えた。 さて。どうして着させてやるかな…… ―――なんて考えるまでも無いか。零武隊の奴らなら。 「所詮、零武隊ですものねぇ〜。 女装なんて、出来ないでしょ」 ぽつり。 かちんと神経に障った。 毒丸の顔から恐怖の色が消える。 「そうようね。所詮零武隊ですものねぇ。姫が出来るからこのくらいなんともないと思ったけれど、やっぱり無理か〜」 「女装の素晴らしさがわかるわけないわよね。所詮」 「姫だけが凄いのね。所詮」 オカマたちは八俣の意図をすぐに察して、毒丸の気を荒立てる。 「……ああ。姫って現朗ちゃんのことよ。 この前お仕事に来てくれたんだ・け・ど。姫は凄かったわよねぇ」 だんだん雰囲気の悪くなる青年に、誰かが説明した。 ねえ、と話を振られたオカマが、そうそうと返した。 「いきなり指名ナンバーワン攫っちゃうんですもの。 顔もいいし、性格もいいし。姫みたいな凄い人材が零武隊にいるなんて勿体無いわぁ。 やっぱりエリートは違うわね」 「ほ〜んと」 くわっ―――と毒丸の目が見開かれる。 零武隊の名を貶めたくない。 そして、現朗に負けたくないっ! 釦に手をかけ、一つ二つ外すと男らしく乱暴に服を脱ぎ始めた。下着一枚も、ためらいも無く下ろす。そしてセーラー服一群を掴んでさっさと着始めた。 上手くやったわ、とウインクを交わす警官たち。 セーラー服のスカート部分の着方がよくわからないで戸惑っていたので、無言で部下の一人が手助けをしてあげた。 上着を羽織った。 リボンは、別の男が結んでくれる。清楚な青の喋喋が胸元に飾られた。 毒丸の顔は目に見えてこわばっていた。だが、それは今までの恐怖の固さとは少し違ったものだ。頬は紅潮し、胸は忙しなく上下している。 初めての女装。気持ちが落ち着かなくて当然だ。 感情の整理がつかないのだ。 でも、そのうち癖になる。 そう確信して八俣は新人を舐めるような目でみた。初めての装着にしてはいい反応をしている。 「……八俣さん?」 か細い声が聞こえた。 上目遣いで、自信なさげに警視総監を見上げる。 「なーに? 可愛いわよ」 その熱い隻眼に、毒丸は胸が詰まる思いがした。 何故だか緊張する。股下がすっきりとして、非常に頼りない気分だ。 スカートの裾を持って、もじもじと手遊びをして気を落ち着けた。 その愛らしい様子に他の警官たちもほんわかとした空気が漂う。 「お……お化粧の仕方……教えて……」 「勿論よ。 それと、ママって呼んでね。 警視庁 お店では」 素直に頷く。 八俣は満面の笑みを見せると、彼を部屋の鏡台へと導いた。 |
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