・・・  オカマッポ3  ・・・ 


 「もー。あんまりクレンジングすると肌荒れちゃうのよねぇ。
 なんだっていきなり来るのかしら」
「あんたなんていいほうじゃない。
 あたし染みが大変なんだからぁ」
「貴女の場合UVカットが弱いのを平気で使うんですもの。五月とはいえ日差しはやばいのよ〜」
化粧を始める大男たちの口調が、次第に聞きなれたあのオネエ言葉に変化してくる。
「あら、なにこれ。みどりん、新商品じゃないっ。
 くぅ〜新人のくせに生意気よっ!」
「先輩も使ってみて下さいよぉ。嵌っちゃいますから。
 お化粧品売り場のお姉さんに勧められたら、もう一回で気に入っちゃって」
「えー。使わせてくれるの? あ・り・が・と」
遠くで聞こえる言葉が、次第に、毒丸のほうに近づいてきた。
 セーラー服を目の前に、靴を穿いたまま両膝を負って座る青年。
 ぽん、と、その肩が叩かれた。
「大丈夫? 毒丸ちゃん」
「……毒丸ちゃんじゃ可哀想ね。毒江ちゃんとか?」
「それなら丸子ちゃんの方がいいかも」
はっ、と青年の意識が戻る。
「こ、こ、こ、これ……き……着る……ん……すかね……?
 き、き、着なきゃ駄目なんですかっっ?」
もう今更の質問を震える声で繰り返すと、オカマAはちょっと困ったように顔をしかめた。アイシャドーが異様に濃い。ばちっとしたそれはつけ睫だ。
「まあ、職場着だから。
 皆着ているしぃ。丸子ちゃんも普段仕事中は私服じゃないでしょ?」
仕事中は軍服だ。確かに私服ではない。
 ―――が。
 これは何か違う気がする。
「畜生ぉぉぉっ!
 大佐じゃないから侮ってた。だって大佐の友人だぜ?だってここオカマッチョの根城だぜ? 普通なはずないじゃん。何期待したんだよっ。どーして信じちゃったんだよ畜生ぉぉぉぉ―――っ!」
「……そんな涙を流しながら太陽に向かってほえられても」
滝のような涙が流しながら、毒丸は何度も畳を叩いていた。いつまで経っても諦めない客人に、周りは困ってしまう。
 そんな時、ノックもなく扉が開いた。
「も〜。
 皆遅いわよっ。八雲待ちくたびれちゃった」

 警視総監  ママっ!』

どうやら制服に合わせて呼称まで変わるらしい。
 ぴっちっとしたミニスカートに身を包んだ水色の髪の男は、髪をかきあげながら入ってきた。
「ああっ。それママの勝負服のスッチーじゃな〜い」
「いやん。魅力的ぃ。
 ママ足きれいなんだから、そんなに見せられたら目に毒よぉ〜」
「腰が素敵ね。惚れ惚れしちゃう」
口々に褒められて、八俣も気分良く妖しく微笑む。
「うふふふ。零武隊から新人ちゃんが来るから張り切っちゃったわ。
 ……あら、毒丸ちゃんどうしたの?
 折角選んであげたのに。童顔ハニーフェィスはやっぱりセーラー服が基本だと思ったから」
「それがね。
 丸子ちゃん嫌がっちゃって……。なんか、こういう制服着るの初めてなんですって。恥ずかしいみたい。ほら、いつも軍服だから」
あー、成る程ね。
 八俣は相槌を打って、それから毒丸のところに寄ってくる。あまりの迫力に身を僅かにそらした。
 綺麗ではある。周囲の男たちに比べると、いかにこのオカマが綺麗なのかよくわかった。化粧のノリもセンスも格段に良い。が、それ以上に恐ろしかった。
 至近距離で顔を覗き込まれて、心拍数が一気にあがった。
 泣き出す一歩手前の青年を見ながら八俣は考えた。
 さて。どうして着させてやるかな……
 ―――なんて考えるまでも無いか。零武隊の奴らなら。

「所詮、零武隊ですものねぇ〜。
 女装なんて、出来ないでしょ」

 ぽつり。
 かちんと神経に障った。
 毒丸の顔から恐怖の色が消える。
「そうようね。所詮零武隊ですものねぇ。姫が出来るからこのくらいなんともないと思ったけれど、やっぱり無理か〜」
「女装の素晴らしさがわかるわけないわよね。所詮」
「姫だけが凄いのね。所詮」
オカマたちは八俣の意図をすぐに察して、毒丸の気を荒立てる。
「……ああ。姫って現朗ちゃんのことよ。
 この前お仕事に来てくれたんだ・け・ど。姫は凄かったわよねぇ」
だんだん雰囲気の悪くなる青年に、誰かが説明した。
 ねえ、と話を振られたオカマが、そうそうと返した。
「いきなり指名ナンバーワン攫っちゃうんですもの。
 顔もいいし、性格もいいし。姫みたいな凄い人材が零武隊にいるなんて勿体無いわぁ。
 やっぱりエリートは違うわね」
「ほ〜んと」
 くわっ―――と毒丸の目が見開かれる。

 零武隊の名を貶めたくない。
 そして、現朗に負けたくないっ!

 釦に手をかけ、一つ二つ外すと男らしく乱暴に服を脱ぎ始めた。下着一枚も、ためらいも無く下ろす。そしてセーラー服一群を掴んでさっさと着始めた。
 上手くやったわ、とウインクを交わす警官たち。
 セーラー服のスカート部分の着方がよくわからないで戸惑っていたので、無言で部下の一人が手助けをしてあげた。
 上着を羽織った。
 リボンは、別の男が結んでくれる。清楚な青の喋喋が胸元に飾られた。
 毒丸の顔は目に見えてこわばっていた。だが、それは今までの恐怖の固さとは少し違ったものだ。頬は紅潮し、胸は忙しなく上下している。
 初めての女装。気持ちが落ち着かなくて当然だ。
 感情の整理がつかないのだ。
 でも、そのうち癖になる。
 そう確信して八俣は新人を舐めるような目でみた。初めての装着にしてはいい反応をしている。
「……八俣さん?」
か細い声が聞こえた。
 上目遣いで、自信なさげに警視総監を見上げる。
「なーに? 可愛いわよ」
その熱い隻眼に、毒丸は胸が詰まる思いがした。
 何故だか緊張する。股下がすっきりとして、非常に頼りない気分だ。
 スカートの裾を持って、もじもじと手遊びをして気を落ち着けた。
 その愛らしい様子に他の警官たちもほんわかとした空気が漂う。

「お……お化粧の仕方……教えて……」

「勿論よ。
 それと、ママって呼んでね。 警視庁  お店では」
素直に頷く。
 八俣は満面の笑みを見せると、彼を部屋の鏡台へと導いた。