幼稚園4 怒られた!   
10/07/2006


 現郎くん(←比較的性格はジバクより)は普段は寝てばかりです。
 朝の挨拶をして寝て、お昼ご飯の時間は食べ終わると寝て、お昼寝の時間も寝て、お遊戯の時間は廊下でたたされつつ寝て、夕方お迎えが来るまで寝ています。
「あれで大丈夫なのか?」
日明先生は丸木戸医師に何度か尋ねますが、まあ問題はないと丸木戸さんも答えます。

 *****

 そんな超マイペース園児の現郎。
 とあるよく晴れた日、「日が照れば昼寝が気持ちいいぜ……」くらいにまどろみながら思っていた彼の元に、頭より大きなボールを持ってとことこと髪のツンつくはねた少年がやってきます。

「なー。一緒にサッカーしようぜ」

 後ろのほうで他の子が、
「あいつ誘っても無理だよー」
「目ーこわいよー」
とかいうんですが、激はその言葉を無視して誘います。
「……眠ぃんだけど?」
「寝るのは夜でいいだろ。
 一緒に遊ぼうぜ」
その一言に、それまで寝そべっていた金髪はむくりと起き上がります。
 それは別にサッカーがしてみたかったからではなく。
 なんだか必死に誘ってくれたのが嬉しかったからなのです。
 現郎はいったん動き始めると、なかなか俊敏な動き。激とは敵のチームになって、フォワードでぼかすか点を入れ始めます。勿論、激にとっては屈辱。自分の連れてきた新しい友達は、どうやらとんだダークホースだったようです。
「おいっ!
 俺たちも頑張るぜっ!
 あの寝太郎にもう点なんか入れさせないぞぉ!」
『おぉぉぉっ!』
激は自分のチームに活を入れます。
 それから、くるりと振り返って。
「お前も覚えとけよ!」
びしっと指を現郎に突きつける。
 いきなりのことに、現郎はちょっと吃驚しますが、足元のボールを持ち上げるとにやりと口元を引き攣らせて微笑みます。
 もともと整った顔の彼がそんな笑みを見せると、絵になるくらい綺麗で、思わず園児たちはどきっと心臓が跳ね上がって動きが止まってしまう。
「……面白い」
そんなこんなでサッカー再開。
 泥んこになって遊ぶ子供たち。
 日明先生も現郎が上手く周囲と溶け込めて、ちょっとほっとしたりしなかったり。結局その後奮闘した激チームも頑張り、引き分けで、お昼ご飯の時間になってしまいます。

 *****

 それからいつも激に誘われると現郎も遊ぶようになります。
 逆に激が誘わない限り、やはり今までどおりの寝太郎のままです。ただ炎と真とは古くからの知り合い(?)らしく、彼らとは話すことがあります。
 それはお遊戯の時間。
 今までやる気がなくて廊下にたたされていた現郎でしたが、お遊戯のテーマが『友達の顔を描く』ということになったとき、珍しく現郎がおきています。
「激……」
ついつい、とクレヨンを持っていないほうの手で激の服の裾をひっぱると、黒髪の単純少年はにこっと笑って。
「あ? 現郎、お前の顔描いていいか?」
と尋ねてくれます。
 こくこくとうなずいて、自分の傍の席に激を連れて行きます。
 黒板では、日明先生が人の顔の描き方の講義のまとめをしています。カミヨミ幼稚園では絵の講義もなぜかやっています。
「ものをよく見ることっ。
 わかったな!
 皆の者、かかれっ」
がちっ! とチョークが折れる勢いで開始の合図。
 激と現郎は、二人で向かい合って一生懸命顔を描きます。
 黄色のクレヨンでぐりぐりかく激と、丁寧にあたりをとって現郎。出来は勿論現郎の方がいいわけですが。
 そこへ日明先生がやって来ます。
「お。お前らなかなかいい出来だな?」
「えへへへっ。見てくれよ、現郎、綺麗だろ?」
「ああ。
 お前たちが二人を如何に想いあっているかよくわかる」
激は嬉しそうに鼻の頭をこすります。
 一方現郎は……顔が真っ赤。
 意味がまったくわからない激、日明先生は首を傾げますが、意味がわかった炎と真は二人で目と目で会話します。

 *****

 現郎の想いは積もる一方。
 激はその想いなどさっぱり気づきません。彼には目の前の楽しいことしか意識がありません。
 長雨が続く日、激は誕生日に貰った熊のぬいぐるみを持ってきてそれで一人遊ぶのに嵌ってしまいます。熊とお話して、一緒に絵本を読むのに夢中。あれだけ誘っていたのに、ぱたりと声をかけなくなります。
 現郎がちょっと寂しそうな目で見ても、ぜんぜん気づきません。

 あの。熊の所為だっ!

 現郎の怒りの矛先は、その熊の人形に向けられます。
 怒りと嫉妬に身を任せて、現郎さんはその人形を盗ってしまいます。激は泣きながら捜しますが、ぜんぜん見つかりません。その様子を廊下の外から眺めて、手の後ろには熊の人形を持っています。
 激が困る様子を見て始めは喜んでいますが、だんだん不安になってきます。

 もし、これを自分が持っていることがわかったら?
 激は、自分を嫌うかもしれない。
 いや嫌うに違いない。

 言い出すのが怖くなって、持っている人形が重く重く感じられます。
 それを全て見ていたのは隣のクラスの飛天先生。
 ちなみに日明先生は激が泣き叫ぶので、そっちに気が取られて現郎のことは知りません。
「おい。おめえ、どうしてクラスに入らねぇんだよ」
廊下でとぼとぼしていた現郎はまさか見られているとは思わなくて、逃げ出そうとしますがすぐにそれは飛天先生に掴ります。
 じたばたしているうちに熊の人形がぽろりと落ちる。
 慌ててそれを取り戻そうとしますが、それは飛天の手によって阻まれます。
「……これ、あいつの捜している人形じゃねえのか?」
びくり、と大きな手の中に包まれていた現郎が、震えます。
 それからまるで火がついたように暴れだす。
 廊下での騒ぎに気づいて、激と日明先生がやって来ます。
「俺の熊ちゃぁん―――っ!」
自分の熊を見つけた激は一直線。現郎は泣き止んで、その様子を真っ青な顔で見ます。
 先生同士は目で会話をして、とりあえず激の様子を見ます。
 熊にあえた嬉しさでぴょこぴょこはねる激。それが一段落して、とりあえず現郎を見ます。
 自分の熊をどうして彼が取るのかわからなくて、不思議そうな顔をしていますが……。

「一緒に熊で遊びたかったんだってよ」

飛天先生が低い声で、園児に言います。
 すると、ぷっと激はほほを膨らませて。
「ならそう言えよー。先に熊だけ持ってくんじゃねえっての」
といって、先生に捕まっている金髪の手を取ると、ぐっと引っ張って連れて行ってしまいます。激としては泣いて捜していた分の時間を早く取り戻して遊びたいのです。
 叱るタイミングを失った二人の先生は顔を見合わせる。
「…………いいのか?」
「いいんじゃねえの? またやったら叱ればいいだろ」




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