イラスト
 ・・・  一発・解決。  1  ・・・ 
※この作品はイラストの黎朱様の絵が元ですので、先にそちらをご覧頂いて(出来れば別窓に出したまま)お読みいただくことを激しく推奨します。
『仮面のメイドガイ』の作品のパロにもなっております。ご存じない方はこちらを。


 冬の一日。
 ある晴れ渡った昼下がり。
 死んだ魚のような虚ろで濁った目をした隊員たちが、陸軍特秘機関研究所にぞろぞろと一列の隊になって戻ってきた。
 人々は、前を歩く者に本能的に着いて行く。蛆虫のような緩慢な動き。
 誘導されるゾンビの群れのような怪しげな集団に、道を塞いでいた人々は恐怖に顔を引きつらせて道をあけた。おかげで、軍服の幽霊が出るとか揉み消さなければならない噂が増えたが、このくらいは零武隊に日常茶飯事なので些細なことだ。
 休憩室にまで辿り着くと、そのまま倒れ崩れるように長椅子へ向かう。一人が座ると、順々に長椅子に座ってぜえぜえと息をついた。休憩室は全員が入るようには出来ていないので、多くの隊員は床の上で膝を抱える。
 髪も服もぐっしょり濡れていた。唇は真っ青になり、全身が震えている。
 瞳を開きぼんやりと前方を眺めながら、ただ呼吸を繰り返す。何も考えることなど出来なかった。そんな気力は根こそぎ奪われている。
 おもむろに一人が、ぬらりと立ち上がってストーブに火をつけた。
「……火」
「火……だ……」
「炎だぁ……」
疲れた体を鞭打って火に近寄ってくる兵士たちの目には生気はない。ただ暖かさがあまりに恋しくて、彼らは意識なくそこへ近寄っているのだ。
 ストーブの周りには直ぐに人だかりができた。一番前にいた男は嬉しさのあまり本能的に涙をこぼすと、横にいた者も前にいた者もぼろぼろ泣き始める。
 ごおごおと燃える赤い火。
 火がこんなにも素晴らしい物だなんて。今まで、どうして気づかなかったのだろう。どうしてこの有り難みに感謝をしなかったのだろう。
 一番に回復が早かったのは、スタミナだけはある激だった。
「くぅぅぅ〜、寒ぃ寒ぃ。
 なんだ今日のは。いじめじゃねえのかっ!
 ありえねぇだろ。今日何度だよっ! 氷点下だっつぅーのっ」
がたがた唇を震わせながら、横の炎に文句をマシンガンのように叩きつける。
 当然、八つ当たりに黙っていられるほど炎も寛容な人間ではない。耳元でがなりたてられて意識がはっきりとした軍人は、直ぐに言い返す。
「喜んで一番に入ったのはお前だろう。
 お前の救助さえなければ俺は逃げられたのだぞ」
「あ・れ・は、叩き落とされたんだっ!
 てゆーか俺を見捨ててすっかり逃げてたくせに、お前だって叩き落されてただろーが。
 着衣泳なんて久しぶりだし、心臓止まるかと思ったわぁっ」
「ふん。止まってしまえば良かったな」
「んだとっ!」
いつもならば刀をとっての斬り合いになっているだろうが、二人は牙を剥き出して睨み合っているくらいしか今は出来ない。エリートたちですら―――一人を除いて―――疲労困憊状態というオゾマシイ訓練だった。
 遡れば六時間前のことになる。
 霧のたちこめる早朝に、全員は一番近い川までつれてこられて一列に並ばされた。夏はよく遊ぶ川だったが、冬は枯れ草が川岸を覆い八月とはまったく違う景色が見える。帝都の冬の風は身も心も切るように冷たいが、川の傍はさらに数段痛みがアップする。隊長さえいなければ飲み屋に駆け込んで甘酒を一杯飲みたいくらいだ。
 こんな所にいったい何が出るというのだ。
 しかも、零武隊全員を引き連れるということは、かなりの大事なのだろう。
 隊員たちは一糸乱れず並んだまま、緊張した面持ちで隊長の言葉を待っていた。

「河童がいるらしい、という通報を受けてな」

言い終わっておもむろに、隊長が一瞬胡散臭い笑顔を浮かべる。
 ……まずい。
 日明大佐が笑顔のときは、間違いなく部下で遊ぶ瞬間なのだ。
 どういう神経構造をしているのか甚だ疑問を覚えるが、彼女は『部下を苛める瞬間が一番楽しい』と部下に面と向かって豪語する極悪人である。
 我先に、隊員たちは逃げ出した。
 しかし、戦闘能力において彼女に敵う者はいない。
 長い髪を垂らして疾駆する。一番鋭くて一番始めに逃げ出し一番遠くまで走っていた激の首を一番につかむと、ぐるぐると片手で振り回す。武器(激)に当たって隊員数名を川に落とした後で、悲鳴すら上げなくなった武器(激)も放り投げる。一人目が捕まってから心臓が十回打ち付けるうちに、既に一隊分が川の中に沈められていた。

 ―――人間じゃねえっ!

 自分の隊長の強さに改めて恐怖を覚える。尊敬は覚えないが。
 浅瀬に投げられた者は痛みをこらえて直ぐに土手を登って逃げようとしてが、逆に蹴り落とされより深い淵へ入る羽目になった。
 男たちは体力を奪われながらも必死で水の中を逃げ惑う。暦の上では一月、冬も真っ只中の川は冷たいなんてありきたりの言葉で表現するには不十分だ。紅蓮地獄が一瞬して現世に出現した。地獄にさまよう亡者たちは、仏の救いを求めるかのように必死に天に手を突き出す。その手を取る者など、いるはずもないが。
 攣ったり溺れたり流されたりしている部下に軽蔑した視線を送りながら、彼女は一言言い捨てた。
「河童をとってこい」
と。
 その後五時間以上にもわたる遊泳の結果、川の反対岸付近に隠された河童の人形を炎が見つけて、そして濡れた体を縮こませながら、ようやく全員帰ってくることができたのである。人を馬鹿にしたとしか思えない河童人形の惚けた顔を見ているだけで腹が立つのだが―――怒鳴る力すらない。
 川では気力が残っていた者は多かったが、帰路の冷たい風が彼らの全てを奪っていった。
 体温。それがどれだけ大事な物なのか改めて思い知らされた。道の真ん中で足を攣る者も続出した。帝都という世界で十本の指に入る近代的な都市のど真ん中で凍死なんて、面白すぎて笑えない。