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「…………今夜は折角だから皐月学園幼女誘拐殺人事件を話してあげようかと思っていたんだけれど、どうしようかしら。迷うわね」 ぴくん、と少女の肩が震えた。 目の色が、変わっている。 さっきまでこちらを見ようともしなかったのに、今は八俣の膳からいそいそとお椀を片付けている。銚子を持ち上げて軽く振った。 「鯛めしのお代わりどうですか? お酒切らしていましたね。 直ぐに新しいのを持って参ります」 嗚呼。なんて可愛げがないのだろう。 と、心で呟きながら、去っていく後姿をにらみつける。が、細々と動く姿が思いのほか愛らしくて、八俣は口元で笑ってしまった。 刀の心得があるらしく、足音はほとんどしないし、俊敏な動きだ。だが、それが余計に小動物を思い起こさせる。 一瞬怪訝そうな顔で振り返ったが、直ぐに役目を思い出して部屋を後にした。 八俣が徳利を軽く振ってみると、ほんの少しだけ最後の酒が残っていた。杯に移して味わう。今日はあまり美味しい酒ではないが、これだけ料理が美味しければそれはたいした問題ではない。 「……そんなに子供っぽい態度をとった覚えはないんだがな」 自分のとった態度をはじめから最後まで思い返しながら、軽く頭を掻く。 一時だけだがかなりムキになった、という点は確かにある。その点については大人気ないといえるかもしれない。 あんな子供に振り回されてしまうなんて、少し情けない。 思考にとらわれながら漬物を食べていると、手に二つの徳利を戻って嵐が戻ってきた。酒量にうるさい彼女にしては大奮発だ。 八俣の横に座って、慣れない手つきで酒を注ぐ。珍しく丁度良い量で入れることができた。 「はいっ」 用意は出来ました、と言わんばかりの輝いた瞳。 その双眸に当てられると嫌とはいえなくなる。 「あー……嵐?」 「はいっ。話してくださいっ。例の事件っ!」 ちょこんと目の前に座ったままウキウキとしながら話が始まるのを待っているその姿を見ると、彼女にちょっとした嫌がらせを悩んでいた自分そのものが馬鹿らしくなってきてしまう。 目の前に好奇心をくすぐることがあると、それしか見えなくなる。 まだ、子供なのだから。 「どこまで知ってるかしら。この事件」 「たしかずいぶん前に新聞で読んだことがあります。 犯人は、ええと誰だったかしら。 確か、学校帰りに家の者が迎えにいった時点で、その子はすでに帰っていた。あわてて周囲を探してみるが、いなくて、そして夕方犯人から身代金の連絡の入った手紙が届けられたのですよね。 京都の事件ではなかったですか?」 「合ってるわ」 「ええと、身代金を用意したけれども、結局受け取りには人が来なくて、翌日遺体が学園内部で発見された……とか。 学園の関係者が共犯にいたんだっけな。あれ、待てよ? 学園の人が犯人だとしたら、そんなばれるところに置いたりしないですよね? じゃあその共犯者ってなんだろう」 「読みが深いわねー。 さて、じゃあどこから話そうかしら」 彼が語りだす言葉を、嵐は魅いられた様に聞き続ける。 嵐の興味をくすぐるように、あるときは的確に情報をつたえ、あるときはわざと焦点を暈した。与えられた言葉ひとつひとつを汲み上げて、嵐は静かに思考する。思慮深げな瞳が、時折自分の思考に沈んで一点を見つめたまま動かなくなる。そういう時、八俣はあえてゆっくりとした時間を与え、その後彼女の結論を尋ねる。 一種のゲームのように、過去の『事件』を解きほぐす。 少女は鋭い。しかし、事実はなかなか顔を現さない。 こうして、二人の長夜は更けていくのであった。 |
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