・・・  恋人大作戦 2 ・・・ 


 かくして。
 いきなり色気ある職場に大変わりした零武隊官舎は、朝から女性を連れた隊員たちの姿が見えるようになった。昨夜は何かありましたといわんばかりの女もいたが、純粋に結婚前提の恋人のような女もいた。
 軍人の職場というのは非常に興味をひいたらしく、蘭が思っていた以上に結婚候補は訪れた。
 ……なんだ。大丈夫そうではないか。うちの部下どもも。
 心の裏でほっとため息をつきながら、意気揚々と廊下を闊歩する。
 曲がり角で、毒丸が幼い恋人に案内しているのが見えた。
「毒丸、今日は遅刻しとらんようだな」
声をかけると、青年は吃驚飛び上がって慌てて敬礼をする。どうやら彼女に気をとられていて蘭が近づいていたことに気づいていなかったようだ。
「お、おはようございます日明大佐っ!
 ゆ、由美ちゃん。こちらが例の上司。日明大佐。女の人」
由美と呼ばれた少女は口に手を当ててはっと息を飲む。
 目にはありありと『本当だ!本当に女だ!』というような内容が読み取れた。
 もはや慣れた反応で、蘭はとりあえず苦笑した。
「ゆ、由美と申します。毒丸さんに言われて、今日は伺いました。
 どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる娘に、さっと蘭は手を伸ばして顎をつかんだ。そして、そのまま軽く上に持ち上げる。相手の意図が読めず、お下げの似合う娘は目を白黒させながら成すがままだ。
「緊張するな」
軍人と、しっかりと目が合った。
 その瞬間、由美は、心臓に電撃が落ちたような、そんな錯覚を覚えた。

「私に頭など下げるな。
 お前のような娘は、花の様に笑ってくれるのが良い」

 力強い光の宿る漆黒の瞳。
 自信に満ち満ちたその顔によく似合う、潔白の軍服。
 毒丸から幾度も幾度も聞かされていたが、実物を目の当たりにするとその迫力は想定以上だった。思い描いていた偶像をすべて塗り直してしまえるほど、素敵な人物だった。
 己の潔白の意思を貫く証の白―――。
「……綺麗な、軍服ですね」
思わずそんな言葉が少女の口から漏れていた。
 にこり、と蘭が微笑み返す。
「ああ。帝都を守るための証だ。
 毒丸も、同じだ」
「…………はい」
恋人の雰囲気の異変に毒丸は気づいて顔色を替えたのだが、蘭はさっぱりわからなかった。


 「あ、そうだ。先週から始めた恋人政策ですが、止めます」
秘書(現朗)は朝の珈琲と仕事を持ちながらやってきて今日の予定を説明したあと、そう一言付け加えた。
「え?」
それは、蘭はまったく考えてない話で疑問符を浮かべる。
 金髪はぺらりと手元の書類を捲りながら、つまり、と言い直した。
「一般人にこの官舎を開放する政策はやめます。
 また、恋人普及率を増加させる作戦も一切やめます。大佐は今後一切恋人率増加政策にかかわらないで下さい。今後この件に関して何か作戦を実行するときはわれわれ隊員のみの福利厚生で行います。以上です」
「ちょっと待て。
 う、上手くいってたんじゃないのかっ!?」
がばっと蘭は椅子から立ち上がって、報告が終わってさっさと戻ろうとする現朗を引き止める。
 彼女にとってその話は寝耳に水だった。
 毎日毎日多くの女性たちがきて、みんな満足したように帰っていった。連日来る女性もいた。彼女たちは良い反応を返していた。もしかしたらいくらかは結婚するのではないかとひそかに期待していたのに。
「毎日、その、うちの隊員に会いに来てくれたのだろう……?」
ようやく現朗が振り返ってくれたので、手を離しながらおずおずと訊いてみる。
「……残念ですが、今回官舎に訪れた女性たちの殆どが七十二時間以内に破局しているようです」
「何故だっ!?」
悲鳴のように問い詰められて、ぐっと金髪は息を詰まらせた。
 大佐は、確かにいろいろ気を使ってくれたのだ。
 エグイ任務や男臭い鍛錬などを減らし、彼女にしては珍しく隊員たちを褒めてやったりしていた。官舎の外壁のペンキを塗り直したのも彼女だ。それ以外も色々手はずを整えた。おやつの時間だって特別に許してくれた。
 蘭が部下たちが結婚出来るようにと、悪意なく、悪戯もせず、普段の任務もしっかりこなしながら気を使ってくれたのはよく知っている。
 知っているからこそ、この結果を伝えるのはためらわれた。
 部下はなんともいえない表情を浮かべながら、口ごもった。
「まあ、企画は悪くなかったのですが、ちょっと問題があったようで……」
歯切れ悪いその回答を、大佐が納得するはずが無い。
 問い詰めようと口を開いたその瞬間。

 ばんっ。

 いきなり、扉が開いて、目を真っ赤に腫らした毒丸が乱入する。
 一直線に向かってきた。
 手には激の棒を持っている。
 現朗は舌打ちし、蘭はわけはわからないが手元にあった辞書を投げつけて頭にクリーンヒットさせた。
 が、青年はめげなかった。
「畜生っ! 大佐めぇぇっ!
 人の恋路を邪魔に邪魔しやがってぇっ!」
「―――??? お前ごときの恋路なんか邪魔した覚えはないぞ。
 そんなことより、由美さんはどうしたっ!?」
「この前連れてきた後、すぐに別れちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。
 大佐のせいだ。
 大佐のせいだ。
 大佐のせいだ。
 大佐のせいだ。
 大佐のせいだ。
 大佐のせいだ。
 大佐のせいだぁぁ―――うわぁぁぁんっ!」
次の攻撃をするでもなく、毒丸はその場で泣き崩れてしまう。すぐ後から青年の後をついてきた鉄男が血相を変えて彼を回収した。
 蘭はおろおろしながら目で金髪に助けを求める。
 もはや隠し切れまい、と現朗は意を決した。
「……たしかに、計画自体は悪くは無かったのですが。
 零武隊に来た恋人候補の女性たちはほぼ全員大佐に惹かれてしまい、結局それが原因で破局に至ったようです」