・・・  恋人大作戦 1 ・・・ 


 参謀本部で開かれた会議では、ある重大問題の解決に四苦八苦していた。

 零武隊の恋人保持率(許婚含)が著しく低い。

 それはもう、数字とは思えないようなとんでもない低さで、北海道道南の今日の気温ですと言われたほうが信じられるようなものだった。陸軍の他のどの隊の追随を許さない低さだった。
 そのお陰で陸軍の平均恋人保持率が下がり、『海軍はモテル、陸軍はモテナイ。』などという不届きな噂が流れそれは一応日明大佐が努力して零にした。
 それでも年々報告される低さに、始めは怒ってばかりだった黒木中将や山本中将からももはや同情され、三浦中将からは恋愛講座を開いてやると肩を叩かれ、毎年の会議では慰められるまでに至っていた。
 恋人保持率はそのまま結婚率につながる。実際、零武隊で結婚をしている者は、隊長の蘭だけしかいない。確かに任務は他の陸軍軍人とは異なった面があるとはいえ、これだけ結婚適齢期の若い男がそろっていながら女の影が無さ過ぎるのは異常事態だ。
 『隊員のやる気の面でも、また新人を募集するときの面でも大きく影響する問題だろう』と、雄山参謀も会議中に直々にこの問題を取り上げ、予算にうるさい黒木中将もお情けで対策費を出してくれた。そこでとうとう蘭も動かざるを得なくなったのである。
 彼女としては結婚できないのはあくまで本人の問題だと思っているのだが、どうやら中将らによると職場環境も大事だという。
 まあ言われてみれば確かに、零武隊の隊員たちは恋人は人並みに―――いや、どこから捕まえてくるのかわからないが大量に―――作るわけだが、それが長続きしないように思える。半年同じ彼女だった輩はここ数年一人もいない。となると確かに、少しは零武隊の仕事環境が関係しているかもしれない。日曜日も祝日も必ず休めるわけではないし、休暇中でも呼び出されることもよくある。
 そういう経緯があった訳で。
 蘭は朝礼のすべての用件を忘れて、たった一言言い放った。
「恋愛関係を維持するために仕事の形態を多少変更するよう元帥府から言われた。その予算も組まれた。
 どのように変更するのかについてお前らの意見を聞きたい。
 意見のあるやつは今日の昼休憩室に来い」
寝耳に水の言葉は彼らに大霊砲を一発撃ち込む以上の衝撃を与えた。

 今のは聞き間違いか?
 空耳か?
 それとも、神の言葉か?

 一瞬現実から遠く離れたところまで意識はぶっ飛んだが、すぐに戻った。周囲の顔を見るに、どうやら空耳ではない。

 この機会を逃したら、寂しかった独り身ライフから逃れる術はない。もう今後、絶対一切ありえない。
 これは逃してはならない!

 朝礼が終わると同時に隊員らは円陣を組み、炎を中心に『零武隊生活大改善計画』が組まれたのである。



 蘭が休憩室の扉を開けた瞬間、隊員たちは座ってすでに待っていた。全員だ。案外集まったな、と思いながら彼女はその場で口を開いた。
「で。貴様らはどう思うんだ」
せーの、と現朗が指揮を執ると。
『どうか日曜日を休日に』
部下らは一斉に同じ言葉を発する。
 六十余名が一斉唱和すれば横暴な大佐も心を動かされるかもしれない。そのわずかに残っていると(信じているだけで見たことはない)人間性に望みをかけた。
「寝言は寝ていえ。
 もっと役に立つ意見はないのか」
が、そんなことは鬼子母神には通用しなかった。
 世迷いごとにはまったく注意を払わない。
 現朗は後ろを向き、がっくりしている隊員たちに次の合図を出す。
『それでは、定時に帰らせてください』
「無理だ。他にしろ」
と、一蹴される。
『休暇を増やして……』
『仕事を減らして……』
『大佐が逃げ出さないで……』
次々の一斉唱和の意見をことごとく蘭は一言で跳ね除ける。
 そんな無駄な問答が十回以上続いて、とうとう、忍耐力に欠ける隊員の筆頭毒丸が顔を上げた。むしろここまでもったという方が奇跡なのだが。
「なんでだよっ!
 定時帰らせてくれりゃ少しはきちんと逢引できんのにっ! 会えないから別れちゃうんだよっ。振られるんだよっ。
 日曜も祝日もないんだから帰るくらいいだろっ」
「そうだそうだっ」
同調して他の数人声を上げる。
「デートできないから振られる身にもなれっ」
馬鹿者、黙れ。
 と調和を乱した者に現朗が無言の合図を送るが、火種が持ち込まれれば爆発するのが火薬の運命。波紋はすぐに広がった。もともと我慢して相手を説得するのは不向きな人間の集まりだ。下手に出るなど、計画そのものに無理があったのだ。
 喧々囂々、侃々諤々としてもはや収拾がつかない。
 誰もが言いたいことを叫んでいた。自分の蓄積されまくっていた鬱憤を声にしていた。
 もはや白服たちにもどうすることも出来ない。
 ―――否。筆頭の炎ですら立ち上がって声を上げていたので、現朗は心中で『なるほど、作戦変更だな』と片付けて自らも声を張り上げた。
 文句とも意見ともつかぬ怒声の渦の中で、蘭はふむふむとあごに手を当てながら考えていた。

 ―――つまり、逢引がしたいらしい。

 何か非常に大きな問題を見落としているのだが、まともに男女交際をしたわけでない彼女にこれ以上の理解を求めるのは無理な話だった。
「わかった」
『何がっ!?』
いきり立った男たちの声が唱和するが、さらりと髪をかき上げて流す。
「零武隊の改良点を、だ。
 我が隊ではこれ以上休暇を与えることは実質上不可能だ。そして定時に帰宅させることもできぬ。日曜祝日に休みをとるなんてものは考えられん。
 そこで、だ。
 代わりに、明日からこの職場を貴様らの恋人とやらに開放してやる。昼飯を一緒に食べるなり、休憩時間に二人きりで睦言を交わすなり、一緒に登庁するなり好きにすれば良い。ただ、つれてきた女性の身の安全をきちんと守り、機密情報が漏洩ないような配慮はしろ。そのくらい出来るだろ。
 現朗、真、炎、お前らで計画を立案してもってこい。認可してやる。
 以上。解散」
言うだけ言って、蘭は立ち上がるとさっさと出て行った。
 やり場の無い熱意を抱えながら、残された人々はぽかんとした表情で顔を見合わせるのだった。