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「とにかく、驚いた」 酒を飲み干して、日明は口を尖らした。 真っ暗な夜に、木枯らしが木を痛めつける。月も星も無いわけではなかったが、客人が来た途端に雲に隠れてしまった。片目のない古寺の主は、突然の客を喜んで迎え入れた。この親友は連絡なしで来ることが多いが、酒や肴をたくさん持ってくる。 「ははは。子供に気づかないとはさすがあの女だ」 「七ヶ月って。 蘭さんみたいに激しい職務についているのに、流れなかったのは本当に奇跡だっていっていたよ」 「お前と蘭のガキだからな。それなりに根性はいってるんだろ。 で? あのじゃじゃ馬は今は自宅か?」 「ああ……まあね」 一瞬友人が言葉を濁らせたのを、飛天坊は鋭く感じ取った。 それならば、追求しないほうが良い。暗に日明が避ける話題は聞かないに越したことはない。それが飛天坊の、この友人に関する最大の教訓だ。 実際、蘭が臨月までは仕事に行くと言い張ったので、日明は家に閉じ込めた上に家から一歩でも出ようとしたら足の裏を焼くと脅しつけたのだ。下駄も靴も全部取り上げて蔵に隠している。それでも心底不満そうにしていた。 「こんな時期に護衛とは、ついてねぇなお前も。 まあ俺は上等な酒にありつけたわけだが」 「それなんだよね。 だから今日ここに来たんだけど。悪いけどちょっとばかり悪い兆候を出してくれない? 今はちょっと蘭さんの側を離れたくないんだ。このまま行幸の護衛に行くことになると、下手すると出産の時も立ちえなくなってしまうし」 「お得意の職場放棄か」 けらけらと笑いながら彼が茶化すと、ひどいなぁと嘯く。 「妻への想いを感じて欲しいよ。 だって、こういうときは相談しろって言ったのは飛天坊じゃないか」 「俺は、誰かを殺す前には相談しろと…… …………。 …………おまえ、まじで殺るつもりだったな」 真っ暗な闇で、烏が啼いて羽ばたいた。 ろうそくの光が揺らめく。片目で睨みつけると、今度は日明は笑い声をあげた。 酒を飲む。旨い酒だ。怖い考えも、殺気も、危険な香りも全て溶かしてしまう程に良すぎる酒。なんて素晴らしい香りだろう。 いらないことは追求するな、と飛天坊は心を落ち着かせる。仏の理に逆らうべくして生まれるのが日明家の人間なのだ。仏が救うために生まれたものならば、その救う存在を守るために斬り殺すために生まれた。否、もはや彼らは人ではない。 「協力してくれるんだろうね?」 「それなりに礼は出せよ」 「生まれた時のお祝いは弾むよぉ。天馬君に早く会いたいな」 強い冷たい風が、部屋に入り込んで古寺を揺する。屏風ががたんと倒れた。この強い風で灯りが消えなかったのは偶然だろう。 飛天坊の背筋に寒いものが走った。 それは、風のせいではない。今の男の言葉を何度も頭で繰り返す。天馬。聞きなれない名前。その文脈からおそらくそれは…… 「……なんで男ってわかってるんだ? お前」 と、彼が当然の質問をぶつけると。 やはり日明は笑って誤魔化していた。 |
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