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「入りマース」 軽い声で毒丸が言いながら扉を押すと、続いてぞろぞろと零武隊の隊員が入ってきた。部屋には丸木戸と蘭が奥で座っている。さらに奥の窓のところにもう一人立っているようだが、服装から上流階級の誰かなのだろう。 全員が並び、敬礼する。 「ん。揃ったな。 では、今より鹿鳴館事件を担当するものを選抜する。潜入捜査が二人、後方支援が五人だ。他は被害者や参加者を洗え。なお、既にわかっていると思うが、相手は官・財・軍に顔の聞く奴らだから目立った動きはするなよ。 偽名用の身分証明書を用意して出ろ。零武隊の名は明かすな。 教授、資料を」 丸木戸は立ち上がって、持っていた紙の束を渡した。一人一部ずつとって横に回す。全員にいきわたったのを確認して、蘭は改めて口を開いた。 「資料の確認は後にしろ。 さて。潜入捜査の一人は現朗に決定している。そして、もう一人は誰がいい?」 首だけを返して、蘭が、窓にいる人物に尋ねた。 全員の視線が後ろ向きのその人物に集まる。 沈黙が流れた。 「……選ばせてやるといったぞ?」 動揺はそのまま服を伝わって、フリルが震える。 誰なんだ、そいつは。 隊員は互いに顔を見合わせながら無言で尋ねあった。零武隊にこんな女性が来たら、噂にならないはずがない。 それでも動かないので、さて、どうしてやろうかと蘭は考えた。 「……ま……さか。現朗……か?」 と。いったのは、激だ。 髪型がどことなく似ているように思った。そして髪型から全身を想像すると、ぴったりと後姿が当てはまったのだ。 ざわっ――― と、驚愕の波紋が広がる。 どうしようもなくて。俯き、ドレスの裾を握り締めた。 「……大佐。この作戦、本当におやめ下さいっ」 蚊の鳴くような小さな声だったが、皆に聞こえる。太い、男の声だ。 現朗の声だ。 えええええ―――っ! と心の中で誰しもが絶叫したが、現実には誰も声を出せない。怖くて。あまりにも怖い空気が漂っていて。 「無理だな。男女一組でないと鹿鳴館には入れん」 「ですから、大佐がっ!」 たえられなくなって現朗が振り向くと、隊員全員が一歩引いた。偽乳にびびったのだ。 「はっはっは。 実は昔いろいろあって井上侯爵から嫌われているのだ。 鹿鳴館に出入り禁止を食らっている」 「素直に謝りに行けぇっ」 現朗が地声でを張り上げると、座ったまま、蘭は刀を抜いた。 白刃を突きつけて黙らせる。 動きは滑らかだがただの脅迫である。 蛇のような目で女装の青年をにらみつけた。 「……さて。 折角だからお前もそこに行って皆に見せてやれ。気前よく予算が下りたから、めったに借りられないような上質なモノだぞ。 くっくっく。 ほれ。はやく相手を選ばんか」 しぶしぶ現朗は窓から離れて、歩き始める。普段のように歩けず、股に風が入って心もとない。胸はよほど柔らかい素材なのか、ゆさゆさ揺れた。ちょっと大きすぎると思ったが、文句をいう気にもなれない。 隊員たちの前の側まで来て、痛いほど視線を感じる。 女装とかを飲み会でふざけてやったりしないではないが、そういうのは毒丸や激が面白がってするばかりだ。 ……殺したい。 今、ここ全員を殺す算段をしてみるが、どの案でもいくらか取りこぼしが出来る。それでは意味がない。全員だ。全員倒さなくてはならない。 「身長からいくと、炎あたりがいいんじゃないですぅ?」 「毒丸は踊りは上手いそうだがな」 「大穴の爆かな?」 「やはり激じゃないか。一応同室だ、気心が知れてる」 後ろで能天気な会話が繰り広げられているが、試されているほうはたまったものではない。 嫌な緊迫感が支配し、空気が重かった。 なんともいえない表情で固まっている。 九字を心で切りながら無理矢理落ち着かせる。 絶対笑えない。 これが、何より辛い。 「まさか、またいつものお戯れではありませんね? 本気で、この作戦を実行するおつもりですね」 くるりと振り返ると、蘭はかぶりふった。 「仕事中だぞ。いつでも遊んでいるわけではない」 いつでも遊んでるじゃん。仕事の方がしてないじゃん。 ……と隊員の八割が同時につっこむ。丸木戸は口に出してつっこんだので、蘭の裏拳を食らって倒れた。 「わかりました。 では、大佐。大佐ご自身が私のエスコートをお願いします」 空気が十度下がった。 「……なんだと?」 「大佐が、潜入捜査の一人です。 相手を選んでよいとおっしゃったのは、大佐ですよね」 「ああ。 それ面白いねぇ。丁度大佐のサイズの服あるよ!」 復活しつつ丸木戸が言ったので、蘭は鞘で頭を殴り再び黙らせる。 「似合うかっ。 常識的に考えろっ!」 「俺の台詞だぁぁぁっ! 人にこんなものまで付けさせたんです。覚悟してください」 きらり、と不穏に部下の瞳が光って思わず彼女の心もたじろいだ。 嫌な予感がする。 が、普段から半分男のような格好をしている己だ。一体なにをこれ以上恐れる必要があるだろうか? と考え直した。 「ふ、ふん。さらしくらいいつも巻いているぞ」 現朗の唇の端が、つりあがった。 「さらしですか。 ふふ、その程度で俺が許すとでも? そんなに甘くはありません。 心から男になっていただくために、大佐には褌を締めてもらいますっ!」 全ての時間が、止まった。 呆然と間の抜けた顔をしている隊員、大学教授、そして、上司。 そして。 遅れて怒号はやってきた。 「ふざけるなぁぁぁ―――っ!」 勢いよく立ち上がって、椅子が倒れる。 髪が上がり、ゆれた。所々の血管が浮き上がっている。 隊員たちは整列を崩して我先に部屋から出て行った。蘭が切れて暴れるときの教訓は一つだ。 逃げろ。 取り押さえ担当は武器を構える。だが、零武隊の最後の良心(現朗)と薬箱(丸木戸)が居ない今、上手くはいかないだろうと思っていた。適当に見計らって逃げたほうがいい。武芸にさほど長けていない隊員や新人さえ逃がしたら、囮になる必要ないだろう。 現朗はドレスの下から愛用の二丁拳銃を取り出し、蘭の眉間に照準を合わせる。 ぶん、と彼女が刀を振った。風圧が聞こえた。 「……死にたいようだな」 「お戯れをしたのは大佐でしょう?」 「仕事だっ。お前になったのは、きちんと適性を考えた上での判断だ。文句を言われる筋合いはないな」 「あるでしょう。 わからないならば、判らせて差し上げるのが部下の務め」 「わからない部下を扱くのが上官の務めだな」 言うが早いか、地を蹴って現朗に飛び掛る。机を飛び越え一直線に狙ってくるところを、二三発撃つ。が、至近距離だったがかすりもしなかった。 蘭は地面に足が付くと、何発も突く。銃を使いながらかわし、一瞬の隙を狙って、彼女の眉間を狙った。だが発砲の前に刀で払われる。銃は天井付近まで跳ね上げられた。力の差は歴然としていた。 「現朗ーっ」 激が飛込んで現朗に抱きつく。 それが、蘭の迷いになった。次で仕留めようと刀を振り上げた状態で、瞬間、止まった。そこを炎が撃った。取り押さえ担当者のみに配られている、上官が暴れたとき用の弛緩剤だ。象を一時間眠らせる代物だ。 「ぐっ」 がくり、と膝を付いたところに、炎がまず駆け寄って抱き上げる。彼女を椅子まで運んで、横たわらせた。少ししていると、息が安定する。眠りこける丸木戸の服を探って、精神安定剤を取り出した。 「激。現朗はお前の部屋で取り押さえていろ。 上官に向かって発砲した以上、事件にしないわけにはいかない。 ……鹿鳴館の件は、別部隊に任せるよう連絡をいれる」 薬を静脈注射しながら、炎が指示した。 →続きは現朗×激です。宜しければ下のnextより。駄目ならお戻り下さい。 |
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