・・・  復讐也!2  ・・・ 


 「入りマース」
軽い声で毒丸が言いながら扉を押すと、続いてぞろぞろと零武隊の隊員が入ってきた。部屋には丸木戸と蘭が奥で座っている。さらに奥の窓のところにもう一人立っているようだが、服装から上流階級の誰かなのだろう。
 全員が並び、敬礼する。
「ん。揃ったな。
 では、今より鹿鳴館事件を担当するものを選抜する。潜入捜査が二人、後方支援が五人だ。他は被害者や参加者を洗え。なお、既にわかっていると思うが、相手は官・財・軍に顔の聞く奴らだから目立った動きはするなよ。 偽名用の身分証明書を用意して出ろ。零武隊の名は明かすな。
 教授、資料を」
丸木戸は立ち上がって、持っていた紙の束を渡した。一人一部ずつとって横に回す。全員にいきわたったのを確認して、蘭は改めて口を開いた。
「資料の確認は後にしろ。
 さて。潜入捜査の一人は現朗に決定している。そして、もう一人は誰がいい?」
首だけを返して、蘭が、窓にいる人物に尋ねた。
 全員の視線が後ろ向きのその人物に集まる。
 沈黙が流れた。
「……選ばせてやるといったぞ?」
動揺はそのまま服を伝わって、フリルが震える。
 誰なんだ、そいつは。
 隊員は互いに顔を見合わせながら無言で尋ねあった。零武隊にこんな女性が来たら、噂にならないはずがない。
 それでも動かないので、さて、どうしてやろうかと蘭は考えた。

「……ま……さか。現朗……か?」

と。いったのは、激だ。
 髪型がどことなく似ているように思った。そして髪型から全身を想像すると、ぴったりと後姿が当てはまったのだ。
 ざわっ―――
 と、驚愕の波紋が広がる。
 どうしようもなくて。俯き、ドレスの裾を握り締めた。
「……大佐。この作戦、本当におやめ下さいっ」
蚊の鳴くような小さな声だったが、皆に聞こえる。太い、男の声だ。
 現朗の声だ。

 えええええ―――っ!

と心の中で誰しもが絶叫したが、現実には誰も声を出せない。怖くて。あまりにも怖い空気が漂っていて。
「無理だな。男女一組でないと鹿鳴館には入れん」
「ですから、大佐がっ!」
たえられなくなって現朗が振り向くと、隊員全員が一歩引いた。偽乳にびびったのだ。
「はっはっは。
 実は昔いろいろあって井上侯爵から嫌われているのだ。
 鹿鳴館に出入り禁止を食らっている」
「素直に謝りに行けぇっ」
現朗が地声でを張り上げると、座ったまま、蘭は刀を抜いた。
 白刃を突きつけて黙らせる。
 動きは滑らかだがただの脅迫である。
 蛇のような目で女装の青年をにらみつけた。
「……さて。
 折角だからお前もそこに行って皆に見せてやれ。気前よく予算が下りたから、めったに借りられないような上質なモノだぞ。
 くっくっく。
 ほれ。はやく相手を選ばんか」
しぶしぶ現朗は窓から離れて、歩き始める。普段のように歩けず、股に風が入って心もとない。胸はよほど柔らかい素材なのか、ゆさゆさ揺れた。ちょっと大きすぎると思ったが、文句をいう気にもなれない。
 隊員たちの前の側まで来て、痛いほど視線を感じる。
 女装とかを飲み会でふざけてやったりしないではないが、そういうのは毒丸や激が面白がってするばかりだ。
 ……殺したい。
 今、ここ全員を殺す算段をしてみるが、どの案でもいくらか取りこぼしが出来る。それでは意味がない。全員だ。全員倒さなくてはならない。
「身長からいくと、炎あたりがいいんじゃないですぅ?」
「毒丸は踊りは上手いそうだがな」
「大穴の爆かな?」
「やはり激じゃないか。一応同室だ、気心が知れてる」
後ろで能天気な会話が繰り広げられているが、試されているほうはたまったものではない。
 嫌な緊迫感が支配し、空気が重かった。
 なんともいえない表情で固まっている。
 九字を心で切りながら無理矢理落ち着かせる。
 絶対笑えない。
 これが、何より辛い。
「まさか、またいつものお戯れではありませんね? 本気で、この作戦を実行するおつもりですね」
くるりと振り返ると、蘭はかぶりふった。
「仕事中だぞ。いつでも遊んでいるわけではない」
いつでも遊んでるじゃん。仕事の方がしてないじゃん。
 ……と隊員の八割が同時につっこむ。丸木戸は口に出してつっこんだので、蘭の裏拳を食らって倒れた。

「わかりました。
 では、大佐。大佐ご自身が私のエスコートをお願いします」

 空気が十度下がった。
「……なんだと?」
「大佐が、潜入捜査の一人です。
 相手を選んでよいとおっしゃったのは、大佐ですよね」
「ああ。
 それ面白いねぇ。丁度大佐のサイズの服あるよ!」
復活しつつ丸木戸が言ったので、蘭は鞘で頭を殴り再び黙らせる。
「似合うかっ。
 常識的に考えろっ!」
「俺の台詞だぁぁぁっ!
 人にこんなものまで付けさせたんです。覚悟してください」
きらり、と不穏に部下の瞳が光って思わず彼女の心もたじろいだ。
 嫌な予感がする。
 が、普段から半分男のような格好をしている己だ。一体なにをこれ以上恐れる必要があるだろうか? と考え直した。
「ふ、ふん。さらしくらいいつも巻いているぞ」
現朗の唇の端が、つりあがった。
「さらしですか。
 ふふ、その程度で俺が許すとでも? そんなに甘くはありません。

 心から男になっていただくために、大佐には褌を締めてもらいますっ!」

 全ての時間が、止まった。
 呆然と間の抜けた顔をしている隊員、大学教授、そして、上司。
 そして。
 遅れて怒号はやってきた。
「ふざけるなぁぁぁ―――っ!」
勢いよく立ち上がって、椅子が倒れる。
 髪が上がり、ゆれた。所々の血管が浮き上がっている。
 隊員たちは整列を崩して我先に部屋から出て行った。蘭が切れて暴れるときの教訓は一つだ。
 逃げろ。
 取り押さえ担当は武器を構える。だが、零武隊の最後の良心(現朗)と薬箱(丸木戸)が居ない今、上手くはいかないだろうと思っていた。適当に見計らって逃げたほうがいい。武芸にさほど長けていない隊員や新人さえ逃がしたら、囮になる必要ないだろう。
 現朗はドレスの下から愛用の二丁拳銃を取り出し、蘭の眉間に照準を合わせる。
 ぶん、と彼女が刀を振った。風圧が聞こえた。
「……死にたいようだな」
「お戯れをしたのは大佐でしょう?」
「仕事だっ。お前になったのは、きちんと適性を考えた上での判断だ。文句を言われる筋合いはないな」
「あるでしょう。
 わからないならば、判らせて差し上げるのが部下の務め」
「わからない部下を扱くのが上官の務めだな」
言うが早いか、地を蹴って現朗に飛び掛る。机を飛び越え一直線に狙ってくるところを、二三発撃つ。が、至近距離だったがかすりもしなかった。
 蘭は地面に足が付くと、何発も突く。銃を使いながらかわし、一瞬の隙を狙って、彼女の眉間を狙った。だが発砲の前に刀で払われる。銃は天井付近まで跳ね上げられた。力の差は歴然としていた。
「現朗ーっ」
激が飛込んで現朗に抱きつく。
 それが、蘭の迷いになった。次で仕留めようと刀を振り上げた状態で、瞬間、止まった。そこを炎が撃った。取り押さえ担当者のみに配られている、上官が暴れたとき用の弛緩剤だ。象を一時間眠らせる代物だ。
「ぐっ」
がくり、と膝を付いたところに、炎がまず駆け寄って抱き上げる。彼女を椅子まで運んで、横たわらせた。少ししていると、息が安定する。眠りこける丸木戸の服を探って、精神安定剤を取り出した。
「激。現朗はお前の部屋で取り押さえていろ。
 上官に向かって発砲した以上、事件にしないわけにはいかない。
 ……鹿鳴館の件は、別部隊に任せるよう連絡をいれる」
薬を静脈注射しながら、炎が指示した。




 →続きは現朗×激です。宜しければ下のnextより。駄目ならお戻り下さい。