・・・  依存症2  ・・・ 


 冷たい目が、引きつる頬の唇が、女にしては大きい白い手が、ゆっくり軍靴の音ともに近づいてくるのが見えた。
 半開きの瞳が捕らえる一つの人物。そして、手。裾に半分隠された、その白い手を想像すると息が詰まる気がする。
 理由は数か月前見た光景のせいだろう。

 あの手は、亡者を見つければ縊り殺す。
 初めの一撃で脳震盪を起こし倒れていた亡者を、まるで、床に落としてしまった林檎を持ち上げるかのように、躊躇いなく、澱みなく、事も無げに首の部分を持ち上げた。ただそれだけの動作で圧し折った。
 目の前の行動が信じられなかった―――というのは勿論嘘だ。
 死体の数をカレンダーに記入するのが日課な己に、今更そんな、まるで処女ぶった遊女みたいな台詞が浮かぶわけがない。上官が変わって以来見る死体の量は二桁に増え、さらに目の前で製造されるようになり、カレンダーに書くだけでは物足りなくてグラフまで作ってみた。溜まったグラフを部屋に張ってみると案外品の良いインテリアになったのでそのままにしている。
 つまり、まあそういう己だから、信じられなかったというのは嘘だ。驚いたというわけではない。彼らの動きが人外なのはよく知っている。手際のよさにも特に感動しなかった。

 ああ、へし折ったな、と。

 多分そう思ったはずだ。
 亡者の群れが地に落ちて、それから自分の仕事が始まる。
 ……いやお見事。早いですねぇ。今日は。
 ああー。鉄男さんは困ったなぁこんなに汚くしなくてもいいのに。面倒なんですよぉ後で報告書に書くのが。あと肉片拾うのが。全く致命傷わかりにくいったらありゃしない。その点あれですね、圧し折ってくれるのはとてもいい。見るだけでわかります、窒息死。あーもう教科書の手本どおりだ。っていうかこの写真とって教科書の出版社に送ってやろうか。駄目かぁ。帝都に逆らった亡者を資料に使うなんて、ねえ。よくないよくない……
 一つのそれの下にしゃがみこみながらぺらぺらと口を滑らせていると、後ろから蹴りをいれられ、地面に倒れこんだ。振り返ってみれば眉間に二つ三つ皺の寄った上官に睨まれ、苦笑を浮かべて口を閉じる。早くしろ、ということか。うるさい、ということか。無言なのでそれ以上聞けずにとにかく自分の仕事を始めた。怒らせるとまた何発も蹴られるのは経験済みだ。

 へし折ったな。へし折った。白い手袋がへし折った。

 以来、手袋を見ると息が詰まる。亡者を一瞬で屠るその手。白い、ただ白いそれが、美しいのに息苦しい。