幼稚園5−3 お祭りに行くよ!   
17/07/2006


 なんだかんだで三百円を使いきり、園児たちは各自満足です。
 四時台に園児が来るのが恒例になっているし、殆どのお店の主人と先生たちは顔馴染みなのでなんとか今年も無事に済みそうだ―――と先生たちも安心したそのとき、ある一店から子供の泣き声が響きます。
 一番に気づいたのは炎で、真をおいてまで駆け出します。(彼が信用されるのはこの行動力です。考えより先に動くタイプなのです)
 見れば、裏参道にある射的屋の前で、一つ下の園児たちが泣いているのです。
「どうしたっ!」
赤い髪の園児に気づいて、子供たちはわっと駆け寄ります。
「どうしたもこうしたもねえよ。
 とっとと失せな。ガキどもがうぜえんだよっ」
的屋の店主は暴言を吐いて赤髪の男の子に凄みますが、まったく物怖じせずに炎は睨み返します。泣きじゃくる子供たちの言葉から察するに、三人が百円を出し合って射的をしたら『子供が撃てるわけないんだよ』と台を揺らしたりして妨害したとのこと。一人の子供は打っている最中に台が揺らされて全身で地面に転び、それを見て店主が大笑いしたのです。その子は膝を擦りむいて血が流れています。
 現朗、激も戦利品を持って集まってきます。
 店主もまさかこんなに集まるとは思っていなくて驚いているうちに、零武隊クラスの半分くらいの園児たちが集まってきてしまいます。
「謝れよっ!」
「なにすんだよっ!」
と非難轟々。
 ところが若い店主はがなりたてるばかりで、一向に謝る気配はありません。
 周囲の出店も(裏参道なのでちょっと店が少ない)、遠巻きに見るばかりでどうしようともしません。
 そんなところに日明先生が到着。飛天先生は入り口のところで園児たちのための目印のため動けないからです(目立つから)。
「どうしたお前たちっ」
エプロン姿の女性の先生姿。
 店主は勝ったと確信します。
「おいおい先生。
 なんだこのガキどもっ。商売の邪魔だ、とっとと連れてけやコラっ!」
炎は日明先生の方へは目を向けず、店主を睨んでいます。立ち上るオーラは、帝王の気迫です。何かのきっかけさえあれば噛み付かんばかりの勢いです。
 激は泣きじゃくる下級生をあやし、真は日明先生に状況報告。
「帰るものかっ。
 己のやった所業を反省してお前が謝るのが先だろうっ!」
「んだとっ!? 殴られてえのかっ!」
「力を誇示しなければ解決できないのか? この程度の問題がっ」
興奮する炎を、日明先生はさっと抱き上げます。
 炎は後ろの気配に気づいていなかったので、ちょっと吃驚。
 日明先生は園児を小脇に彼を挟んだまま、店主と対峙します。

「―――状況はよくわかっていないが、私の園児たちが迷惑をかけたようだな」

いきなりの言葉に園児たちに動揺が走ります。
 まさか先生が、自分たちの敵に!?
 逆に店主はその一言に、気をよくします。
 蘭は彼の心情を読み取って、最高のタイミングで切り出します。
「さて。
 私が一回遊んでもいいかな? 子供がどうしても取りたかったものがあるようならば、是非幼稚園に欲しい」
「ああ勿論。
 子供のためのリベンジとは泣かせるねぇ。いい先生だ」
爽やかな笑顔で、日明先生はエプロンの大きなポケットから千円札三枚差し出します。
 ちょっと店主は驚きましたが、おそらく射的が下手だから沢山玉を欲しがったのだろうと判断。
 三千円分(大人は一回500円なので四回分)の玉と一丁の拳銃を差し出します。
 その間に蘭は炎を地面に戻し、泣いている園児たちに、どの景品が欲しいのかを尋ねると、彼らは泣きながら一番下の段の小さな置物を指差します。豚と狸と猫の置物。射的では大人ならば誰もが落とせる簡単景品。
「ふむ。あれか」
玉を装着し、すっと蘭は銃で照準を合わせる。
 片手で狙いを定めて、まるで絵になるような構え。
「先生ぇ。オマケしてあげますので、身を乗り出してもいいですよ?」
「いや。必要ないな」
言うや否や、一発。
 ぱんぱんぱんっ!
 ―――たった一発のはずなのに、乱反射して三個の置物がぽろぽろと下に落ちます。
 園児たちは、一瞬声がなくなります。
 店主もマジで驚きます。
 景品を見下ろす彼女の眼は、非常に冷めている。当然と言わんばかり。
「……よし。
 じゃあおまえたち、一人一個ずつ欲しいものを言え。
 幼稚園に好きな玩具を増やしてやるぞ」
蘭の挑発的な発言に、さっと園児たちから注目が集まります。先生、まさか射的得意なの? ていうか、好きな景品とってくれるの? 玩具増やしてくれるの? 様々な疑問が入り乱れて誰もが固まってしまい、膠着状態。
 ―――が。

「俺、一番上のゲームソフトっ!」

毒丸がはいはいと手を挙げながら声をあげます。
 それで金縛りが解けた他の子達も、どんどん積極的に意見を述べていく。
「猫のぬいぐるみっ」
「あの変な置物」
「ライター」
「カブトムシとクワガタっ」
園児のリクエストがあるたびに、どんどん打ち落とす日明先生。景品の重さなどから一発で落ちるのは不可能といわれているものまでぼろぼろ落ちていきます。
 一番上の目玉景品がすべてなくなったとき、流石に店主も黙っていることはできなくなります。
「ちょっと待てやっ」
二段目の端から狙いをつけている蘭に、突然、声を荒立ててやってきます。
 もはや射的台の布の部分には景品が山のように落ちている状態。
 蘭は銃を収めると。
「取れた景品を、さっさと包んでもらおうか」
笑顔で挑発してきます。
 こんなに簡単に落ちるはずがない、何かあるっ! 問い詰めてやるっ!
 ―――と。彼は思って胸倉をつかもうとします。
 だが、その手はあっさり空を切る。
 それを避けながら銃を構えて、また一つ景品を落とします。わっとあがる園児の歓声。
「イカサマだろっ! てめえ」
「何を言っている?
 ―――お前が渡した銃で、お前が渡した玉だ。嘘と思うならば新しい物を用意してもらおうか?」
銃を持つ女性に食って掛かろうと、店主は大股で店から出てきます。その頃には周辺に人だかり。数人の店主たちはカミヨミ幼稚園の先生であることに気づいて、『あの馬鹿……』と彼女を怒らせたことを後悔してますが時すでに遅し。日明先生は完全に目がマジなのです。
 店からは出てきたものの、熊でも射殺さんばかりの気迫にびびって、店主は手が出せません。
 一メートルくらい離れた位置で何とか虚勢を張っています。
「……五歳の子供を揺すって台から落とすのがそんなに面白かったか?」
低い声で日明先生が詰問すると、びくっと店主は肩を振るわせる。
「んなことしてねえよっ!
 ただ、勝手に落ちただけだっ」
「ならば言葉を換えてやろうか。
 五歳の子供が台から落ちたのはお前にとって楽しいのか?」
じりっと、蘭はにじり寄る。
 相手は睨まれて動けず固まったまま。

「―――これだけ言われて謝ることもないようだな。
 よし。お前ら、もっと好きな景品を言え。全部奪ってとっとと帰るぞ。
 つまらない思いをさせた御代はきっちり支払ってもらおう」

言うが早いか、どんどん打ち落としていく日明先生。男の目の前で店の景品の半分がなくなったとき、ようやく玉が切れます。
 三千円の代価に対して、景品金額は合計十万円。特に最近出たばかりの携帯用ゲーム機が高い!
 そこへとうとう自治会の頭(元締め)が到着。元締めっ、と店主は頼みの綱が来たと嬉しそうな顔をします。元締めの後ろには、蘭さんよりも頭ひとつ高い男が二人ほど控えていますが、日明先生の顔を見てわずかに顔を引き攣らせます。
 一方、日明先生は目つきが不快そうな顔になります。
 実は昔いろいろあって、日明先生はここら一帯では札付きの悪として通っているのです。
「これはこれは。
 なにか、うちの者が迷惑をかけましたか?」
「別に。
 景品を落としたからそれを頂くだけのことだが? 射的のルールにのっとっているんだ、問題はなかろう」
そっけなく言い捨てて店主に顎で景品を包むよう命令します。
「絶対イカサマだろうがっ!」
「イカサマを?
 ……まあ、確かに、射的で落としたとは思えないすごい量の景品ですね。日明さん、わかっていると思いますが縁日には警察の方も来ているんですよ?」
「渡された銃と渡された弾丸をつかったんだぞ。イカサマのはずがなかろう。
 それとも、何か?
 この店は景品が取られたら文句をつけて景品を渡さないようにするシステムなのか?」
淡々と言い返しますが、元締めの男は明らかに信じていない視線。
 腕を組みながら考えます。どう判定をすべきか、迷っているようです。
 かたや高価な商品を全部とられそうになっている店主。
 かたや、札付きの悪の女性。
 ―――しかし、エプロン姿の上周囲の園児たちの目が気になります。

「違うやいっ!」
「こいつ、ヒロ君を台から突き落としたんだっ」
「それを笑ってたんだ」
「泣かせて喜んでいたんだっ」

大声で叫ぶ子供たちの中に、確かに一人、ひざ小僧から血をだらだら流しながら全身汚れている男の子がいます。つれてきた男たちも周囲の店主たちに事情を聞いてみたところ、どうやら台を揺すって落としたり、笑ったりしたことは本当らしい。
 段々状況がまずくなったと気づいた店主は、急に眉を八の字にして両手をもみながら元締めに近づきます。
「いや、確かにその、はじめは大人気ないことがあったのは事実でして。
 だけど、それから、この子たちが急に騒ぎ立てるものだからついこっちもイライラしてしまって。
 でも、まあ、その落としたんじゃないんですよ。勝手に落ちたんですから」
「だがお前の店で怪我をさせたのは事実なんだな?」
そう言われてしまっては、店主は後退。
 きょろきょろと周囲を見渡して泣かせた子供たちを見つけると、そこへしゃがんで謝罪の言葉を述べます。代金は返してやり、子供の欲しがっていた景品をお詫びにとあげます。
 それを見終わった日明先生は、銃を台に戻します。
「じゃあ帰るぞ」
「け、景品は?」
「いらん。うちでは過ぎた玩具は与えない方針だ」
店主は三千円を返却しようとしますが、蘭は一瞥をくれて受け取りません。
 彼女の足もとを、ついついと引っ張る小さな手。
「俺はゲーム機欲しいよー」
毒丸が不満そうに頬を膨らませています。
「おや。しかし、ゲームでは鉄男と遊べないだろう?」
「あ。そうか。
 じゃあいらないー」
日明先生が踵を返すと、ぞろぞろと園児たちは後をついて戻っていく。
 その後調査が進むにつれて、店主のその他の悪行も明らかになり、結局その店は次の日は出店できなかったのです。

 *****

 その夜。
 息子夫婦と日明先生は夕飯を食べていますが、どことなく二人の視線が冷たい。愚息はどうでもいいんですが、嫁にそういう態度をとられると地の果てまで凹んでしまう日明先生は、とうとう耐え切れず食後のお茶で質問を切り出します。
「……何か言いたいことがあるのか?」
と。園長に質問すると、彼はにこっといつもの爽やかな笑顔を浮かべます。
「それはこちらの言葉ですよ、日明先生。
 今日はお祭りに皆を連れて行ったとのことですが、揉め事とかありませんでしたよね?」
思い当たる節のありまくりな日明先生は、お茶をのんでさらりとすっとぼけます。その行為が息子の怒りに触れ、散々注意され、これだから母上はとまでいわれて、次の日(日曜日)の縁日禁止命令が出されます。 
 本当は日曜日は菊理とおそろいの浴衣で出かけるつもりだったのですが、あれだけ揉め事を起こした場所に行くのまずいので謹んでその罰を受けます。
「こっそり行ってはいけませんよ。(←ここらへんの信用がない)
 自治会の方々に後で聞きますからね」
「わかっている。
 きちんと留守番しておく。
 だから素直に楽しんで来い」
「お義母様、その、申し訳ございません」
「……お前が気にする話ではない」
寂しく微笑む姑に、菊理ちゃんは綿飴を買ってきてあげて一緒に食べるのでした。




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