・・・  ネコ型ロボット 2  ・・・ 


 「ほう。
 機械に『納得できません』と言われたから思わず開発費をあれだけかけ、今日陛下がご覧になるはずだった試作品を壊してしまった、と?」
「う゛」
ふかふかの絨毯に絹の壁紙。
 狭い部屋には不釣合いの高い天井の上から、薄絹がかかっている。その後ろに鎮座しているのは、軍を統帥する帝。その横にはふっさりとした白い髭をたなびかせる雄山元帥が立っている。
 日明大佐はこの部屋に呼び出され、そして、最敬礼の膝をついたまま動けないでいた。
 礼を、と元帥に命令されてから、立てと言われてないのである。 
「今日試作品が見れない理由は了承した。
 では、早速新たな試作品を作ってもらおう。
 人型機械兵器は、零武隊の今後の任務には役に立つ。
 ……わかっているな?」
「う゛う゛」
蘭は絨毯を見ながら苦しそうな呻き声を上げる。
 帝は元帥にもう許してやれと視線で合図を送っているが、老翁はそれを無視して彼女の頭を冷たい目で見下ろしていた。長く艶のある髪はぴくりとも動いていないが、その下の顔はきっと怒られたことに不貞腐れて少しも反省していないだろう。さっさと許してくれればいいのに、と、その感情が手に取るように読める。
 雄山は非常に怒っていた。それも恐ろしく。とことん。
 自分の目に入れても痛くないほど可愛い可愛い部下であるからこそ、信頼して零武隊を任せているからこそ、陛下に直々に零武隊の成果を報告するこの機会を台無しにしたことは許せなかった。しかも理由が『納得できません』とはそれこそ納得できない。
「勿論、おぬしの給料から払ってもらおう。
 そして今後三年は休日は無い。しっかり働くんだぞ」
「う゛う゛う゛」
「雄山殿。さすがに休日まで取り上げるのは」
「陛下。
 もったいないお言葉に感動いたしますが、試作品をそんな下らない理由で破壊したような駄目軍人にそんな目をかけなくても良いです。
 なあ、そう思わんか。
 日明大佐」
「う゛う゛う゛ぅぅぅぅぅぅ……」


 *****

 同日。
 丸木戸は必死に零武隊第三研究室で機械を製作していた。陸軍特秘機関研究所内では一番大きい部屋で、工具が揃っている。試作品を作ったりするのに使うのはこの場だ。
 工具を取りに来た猪三郎は、その後ろを通り過ぎようとして思わず足を止める。
 あれ? という小さな呟きに、びくりと上官の肩が震えた。白衣に包まれたその身がふるふると小刻みに震えているのは見間違いではない。声を掛けられたくらいで怯えるということは後ろめたいことがあるのだろう。
 猪三郎は嫌な核心を抱いて口を開く。
 彼の上司は頭は切れるのだが、根本的な所に少しだけ子供な部分を抱えている――――――と、思う。
「丸木戸さん。
 これ、昨日が締め切りだったんじゃなかったんすか? なんでも陛下に見せるとかでしょ」
「え?
 ま、まあ、大佐に伸ばしてもらいました」
彼は手を止めずに背中のまま返答を返した。
 猪三郎はすっと目を細める。
「あの大佐に?
 ………………凄いですね」
含みのある一言に丸木戸の血の気が一気に引いた。
 首を回せば、猪三郎は髭を触りながら何か考え事をしているようだった。
 まずい、と本能で悟った教授は必死にその足に縋りつく。
「うわぁぁぁっ!
 お、お、お願いです。お願いですから大佐にこのことを御内密にっ!
 お願いしますぅ」
いきなり土下座モードの上官を軽く蹴りをいれつつ無視して、猪三郎は机の端で広げている書類を見つめた。丸木戸特有の人間味の無い細やかな文字。目が痛くなるような細かさで精密に書かれている。
 ―――その設計図そのものが芸術品すら見えるような美しさを備えていたが、それはまた別なことを意味していた。
「はぁ。
 ああ、これが設計書。
 ふーん、成る程。これじゃあ絶対に間に合わないはずだ。
 計画性って言葉知ってますか? 時間は限られているんですよ。これどうみても一ヶ月はかかりそうじゃないですか。三ヶ月も余裕をもらったのに二週間前まで手をつけなかったのはどうしてですかねー。
 なんであんなにほこほこ遠征についていくんですか。嫌味を言いに行くためなんでしょどうせ。ちゃんと仕事しないからこんなことになるんですよ」
猪三郎の言葉は寸分も間違っていない。
 しかし正論だからこそ、辛いときもある。別に遊んだつもりはないが、自分の本分を忘れていたのは事実だ。気づけば矢のように時間は過ぎていた。
 丸木戸はぎゅっと部下の足を握り締める。握り締めるだけで、何も言わなかった。眼鏡の下の瞳が情けなく垂れ下がる。潤んだ目から涙を零さないのは最後の意地だ。自分で引き受けた仕事をきちんと出来なかったのに、泣いて許して欲しいとは思わない。
 いつまでも期待通りの反論が戻ってこなくて、猪三郎は片眉を上げた。

 この幼い上官には珍しく、口答えも言い訳も反抗しないのか?

「……じゃ。手伝いましょうか」
思わず口からそんな言葉が零れていた。
 そして丸木戸の頭を撫で撫でしてやるとくぐもった声が漏れる。先程とは別の意味で肩が震え始めた。
「はいはい。わかりました。では一緒にやりますよ。
 これからは周囲にも頼って下さいね」
丸木戸はまだ気持ちが落ち着かない。その頭を優しく摩って、猪三郎は設計書に目を走らせる。
 第三研究室ではそんな穏やかな時間が流れていたが、一方で陸軍特秘機関研究所の別の場所では半べそかきながら戻ってきた日明大佐が押し入れに篭っていた赤い髪の隊員(タイツ)を引き摺りだして弾丸のような文句を伝え、それを不思議道具(主にタイツ)で解決する赤い髪の隊員のお陰で色々と大変な事件が起きていた。